ライブ、舞台、2.5次元作品、K-POP、海外俳優の出演イベント。いまや「推しに会いに行く」行為は、単なる余暇ではなく、交通費や宿泊費を伴う本格的な遠征消費として定着しつつある。遠方での公演に合わせて飛行機や新幹線、ホテルを押さえることは、推し活を行う人々にとって珍しいことではない。
その一方で、この消費行動には固有のリスクがある。本人の体調不良、感染症、公演中止、交通障害、家族事情などにより、遠征そのものを断念せざるを得ない場面があるからである。MysuranceとOshicocoが実施した2025年2月の調査では、推し活層の5人に1人が遠征のキャンセルを経験し、そのうち3人に1人が3万円以上のキャンセル料を負担していたという。中には10万円以上の負担例もある。

ここで起きているのは、単なる旅行の中止ではない。楽しみにしていた予定が消える精神的損失に加え、宿泊費や交通費のキャンセル料という金銭的損失が重なる「二重損失」である。推し活という文化が成熟した結果、その文化に固有の不安が市場として可視化され、そこに新たな金融ニーズが生まれたのである。
本記事は、Mysurance株式会社(東京都新宿区 代表取締役社長 清水廣臣)、マーケティング部長の澤田翔氏への取材、および同社公表資料をもとに作成した取材記事である。
「推し活キャンセル保険」はどのように生まれたのか
Mysurance株式会社は、損害保険ジャパンの100%出資子会社として2018年に設立された少額短期保険会社である。
同社の事業の中核には、Web完結を前提としたシンプルな保険体験の設計がある。

澤田氏によれば、推し活キャンセル保険の発想の起点は、SNS上に現れていた切実な声であった。
イベント中止や体調不良によって遠征できなくなったにもかかわらず、交通費や宿泊費のキャンセル料がそのまま残ってしまう。
そうした投稿を見たことが、企画のきっかけの一つになったという。
取材では、同商品を「損失補填」にとどまらず、推し活をする人の「好き」という感情投資を守る発想で組み立てたと説明している。
興味深いのは、既存のキャンセル保険の仕組みそのものはすでに存在していた点である。澤田氏は取材で、イベント中止などに伴うキャンセル費用は従来商品でも対応可能だった一方、それが必要とする人に十分伝わっていなかったと振り返っている。
そこで同社は、推し活文化に深い知見を持つ株式会社Oshicocoと組み、商品そのものをゼロから作り直すというより、既存の保険機能を、推し活の文脈で理解できる形に翻訳し直す方向へと舵を切った。
その結果生まれたのが、専用サイトを含めた「推し活キャンセル保険」である。
2025年3月31日のリリースでは、同商品を「キャンセル保険の新たな価値創造」と位置付けており、保険用語をオタク用語に変換する、四コマ漫画や事例を用いるといった工夫を通じて、「わかりやすい」保険として届けることを目指したと説明している。
生活行動から保険を設計するという発想

従来の保険商品は、病気、事故、損害といったリスクを出発点に設計されることが多い。すなわち、「リスクがあるから、それに対応する商品を作る」という順番である。
これに対し、Mysuranceの発想はやや異なる。
澤田氏の説明や同社の展開商品を見ていくと、出発点にあるのはリスクそのものではなく、生活者の具体的な行動である。旅行を予約する、スマートフォンを持ち歩く、推しに会いに遠征する。その行動の延長線上にある不安を拾い上げ、保険に接続しているのである。
この意味で、推し活キャンセル保険は特殊な一発ネタではない。
旅行のキャンセル保険やスマホ保険と同様に、生活行動の中に潜む不安を、理解しやすい単位で金融に変換したものと見るべきである。推し活という文脈が目を引くのは確かだが、その背後にあるのは、行動から逆算して商品を設計するという同社の基本思想である。
保険を「組み込む」ビジネスモデル
この思想を支えているのが、MysuranceのB2B2C型の事業構造である。取材で澤田氏は、同社の主力の一つとして「組み込み型保険(Embedded Insurance)」を挙げている。
これは、利用者が保険に入りに行くのではなく、旅行予約や各種サービス利用の流れの中に保険を自然に組み込む考え方である。楽天トラベルなどの予約導線の中で、必要な場面に必要な補償を提示することで、保険加入の心理的・手続き的ハードルを下げるのである。
同社は旅行関連の大手事業者とOEM形態でも連携しており、主力であるキャンセル保険を各社のサービス文脈に合わせて展開してきた。
取材でも、旅行関連事業者から「自社予約サイトにキャンセル保険を導入したい」といった相談が増えていると説明している。つまりMysuranceは、保険を単体で売る会社である以上に、企業サービスの価値を高めるために保険を設計し、供給する会社としての性格を強めているのである。
推し活保険が社会的に意味を持った理由
では、なぜこの商品は単なる新商品にとどまらず、これほど話題を集めたのか。理由は、推し活という文化が大きいからだけではない。社会的には、体験消費やコミュニティ消費、感情的な帰属を伴う消費が強まりつつある。
その中で推し活は、娯楽であると同時に、生活の張りや自己回復の装置にもなっている。そこに対して「行けなくなるリスク」を金銭的に軽減する仕組みを提示したことが、単なる利便性を超える意味を持ったのである。
実際、同商品は若年層と保険との新しい接点としても位置付けられている。
澤田氏は取材で、保険業界共通の課題としてZ世代との接点の弱さに触れたうえで、この商品が「初めて自分ごと化する保険」になり得たのではないかと語っている。
保険は一般に、事故や病気といったネガティブな事象を想起させる商品である。これに対し、推し活キャンセル保険は「好き」「会いたい」「続けたい」というポジティブな感情の側から保険へと入っていく。ここに、保険のイメージを更新する力があった。
このアプローチは、2025年7月の公式Q&Aリリースにも表れている。Mysuranceは、SNS上での大きな反響を受けて、疑問や誤解に対して引受保険会社として公式見解を丁寧に示した。数日で関連投稿が累計1,500万インプレッションを超えたという事実以上に重要なのは、バズを一過性の話題で終わらせず、正確な情報提供へ接続したことである。
遊び心と信頼性の両立が問われるテーマに対し、同社はその均衡を意識していた。
Mysuranceの強みは「保険を作る力」にある
取材で見えてきた同社の強みは、単一商品ではなく、商品を生み出す構造そのものにある。
第一に、取材からは、比較的コンパクトな組織運営を背景に、意思決定と商品開発を機動的に進める体制がうかがえた。取材メモでは、全社員が企画者となり、部門横断的に市場を見ながらアイデアを具現化していると整理されている。保険会社でありながら、プロジェクト型で商品開発を進める機動性がある。
第二に、デジタル完結を前提とした顧客体験である。加入も請求もWebを軸とし、「わかりやすい」を品質目標として掲げる。この方針は、同社の会社情報や公開リリースでも一貫して確認できる。保険にありがちな煩雑さを減らし、行動の延長線上で自然に使える形にしていることが、商品開発力の実装面を支えている。
第三に、企業連携を前提とした共創能力である。取材では、大規模な補償が必要な場合には親会社の損保ジャパンと連携し、グループ全体で最適な答えを提供する体制にも触れている。自社単独で全てを抱え込むのではなく、少額短期保険としての機動性と、グループの信用力・供給力を組み合わせている点も、同社の実務的な強みと言える。
このモデルが拡張できる領域
推し活キャンセル保険は、話題性のある象徴的な事例である。しかしその本質は、推し活固有の話に閉じるものではない。
旅行、イベント、スポーツ観戦、EC、モビリティ、サブスクリプションなど、生活者の行動が明確で、その途中に金銭的不安や機会損失が存在する領域であれば、同様の発想は広く応用できる。
実際、同社には旅行関連事業者だけでなく、新しいサービスを検討する大企業からも、金銭給付を伴う付加価値設計について相談が寄せられているという。
これは、保険が「万一の補償」にとどまらず、サービス設計の一部として扱われ始めていることを示す。Mysuranceのモデルは、保険販売の枠を超えて、サービス体験の中に安心を埋め込む拡張性を持っているのである。
なぜ今、こうした保険会社が必要なのか
保険業界には、若年層との接点不足、商品理解の難しさ、加入導線の硬さといった構造的な課題がある。必要性は高いにもかかわらず、生活者の感情や行動の流れの中に、うまく入り込めていない。
その意味で、Mysuranceの取り組みは、一社の新商品開発としてだけでなく、保険そのものの届け方を変える実験として読むことができる。
澤田氏は取材の終盤で、保険は日常生活の中で意識される瞬間がほとんどない一方、保険のない世界はインフラとして成立しないと語っている。だからこそ、まずは興味関心を持ってもらうことが重要だという認識である。
ここに、同社の一貫した姿勢がある。保険を必要なときだけ思い出すものではなく、生活を支える見えない基盤として、より自然な形で社会に接続し直そうとしているのである。
企業情報
企業名:Mysurance株式会社
所在地:東京都新宿区西新宿1-26-1 損保ジャパン本社ビル20階
代表者名:清水 廣臣
設立:2018年07月
URL:https://www.mysurance.co.jp/
■推し活キャンセル保険専用サイト
https://www.mysurance.co.jp/service/travel-cancel/oshikatsu/?extraField2=TougouOshikatsu
ZEROICHIがこの企業を取り上げる理由
ZEROICHI編集部がMysuranceに注目する理由は、同社が単に「面白い保険商品を作った会社」ではない。推し活キャンセル保険は確かにキャッチーである。
しかし真に重要なのは、その背後にある設計思想である。
生活者の具体的な行動を起点に不安を抽出し、それを理解しやすい金融商品として実装する。さらに、その商品を企業サービスの文脈に組み込み、流通させる。この一連の流れは、保険業界にとどまらず、現代のサービス産業全般に通じる発想である。
推し活キャンセル保険は、象徴事例にすぎない。
本質は、保険を、生活に埋め込まれるインフラとして再設計する試みにある。もしこのモデルが今後さらに広がれば、保険は「わざわざ買いに行くもの」から、「生活導線の中で自然に機能するもの」へと変わっていく可能性がある。
ZEROICHIが取り上げるのは、その商品が流行したからではない。そこに、次の時代の事業構造が見えているからである。
■原文リリース(参照)
- 2025年3月31日
推しに会うため、国内・海外へ遠征したい全オタクへ!「推し活キャンセル保険」専用サイトを開設
https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000030.000076752.html - 2025年7月11日
〖公式〗SNSで話題沸騰!「推し活キャンセル保険」についての疑問やご質問に引受保険会社がまじめにお答えします!
https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000033.000076752.html - 2025年10月15日
推し活キャンセル保険が「2025年度グッドデザイン賞」を受賞https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000039.000076752.html