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牛から出たメタンガスでロケットが飛ぶ!?【京都大学・北川進アイセムス特別教授と 樋口雅一特定助教が語る ナノサイズで作った新素材PCPとは?その2】

堀江貴文氏は6月29日、京都大学・北川進アイセムス特別教授と樋口雅一特定助教を取材。ナノサイズで作った新素材PCPについて話を聞いた。この新しい材料はどのようなものなのか?(初回配信日:2021年8月10日)

低圧の圧力容器に水を含んだスポンジが入っているイメージ

堀江  具体的には、どうやってその孔に貯蔵して、どうやって取り出すんですか?

北川  その前に、ひとつだけ理解してもらわないといけないことがありまして、「ファンデルワールス力」という“引き合う力”のことです。我々はあまり感じませんが、分子の世界ではナノメートル単位でお互いが近づくと、とても弱い力ですが引力が働きます。

堀江  はい。

北川  それでPCPにある孔ですが、これが大きな孔だったら分子が入ってきても、その力は働きません。しかし、ある特定の分子と同じくらいのサイズの孔を作ると、そこに引っ張られて埋め込まれるわけです。

堀江  パカッと入っちゃうわけですね。

北川  はい。パカッと入っちゃうんです。そして、その引っ張る力が強ければ取り込むのは簡単だけれども、逆に出すのが大変ですよね。取り出すためにたくさんのエネルギーを使うようだったら、あまり使い道がありません。

堀江  そうですね。

北川  でも、さっき言ったように、これは弱い力なんです。だから、ちょっと加熱するとか、ちょっと減圧するだけですぐに出てくる。

堀江  そうか!

北川  これが科学の面白いところで、特定の気体分子を簡単に取り込めて、あまりエネルギーを使わずに出すことができるというのは、今までにないことでした。

堀江  要は、例えばメタンを取り込みたいと思ったら、メタンのサイズにPCPの構造を決めて、それを人工的に合成するということですね。

北川  そうです。例えば、CO2(二酸化炭素)は排ガスにも含まれていますし、天然ガスの中にも入っていますよね。空気中にもある。

堀江  空気中のCO2濃度は、今、約400ppmといわれていますね。

北川  では、そのCO2を取り除くために今はどうしているかというと、CO2とアミンを反応させて違う分子にしているんです。そして、それを加熱して分解している。ものすごいエネルギーをかけて分解しているわけです。

堀江  はい。

北川  それを、先ほど言ったようにPCPでちょうどいいサイズの孔を作れば、取り出すのも簡単です。エネルギーをそれほど使いません。PCPはCO2問題は当然ですが、エネルギー問題にも貢献できる材料なんです。

堀江  取り込める密度はどうですか。例えば、CO2だと?

北川  PCPが1gあるとします。今、一番よく取り込めるもので60%から70%。0.6gから0.7gのCO2が入ります。

堀江  すごいですね。その物質は、もう実用化されているんですか?

北川  実用化はまだです。安全性とコストなどの問題をクリアしないと実用化はできません。ただ、商品化は可能です。

堀江  じゃあ、僕らが使うこともできますか?

北川  できます。

堀江  じゃあ、使われ始めているということですね。

北川  そうです。1997年にこの材料ができて、大体、2010年くらいからベンチャー企業もできて、ガス事業などで開発が進んでいます。

堀江  そうか、高圧ガスタンクに比べて、低圧で安全な状態で吸蔵できるんだ。一気に大量に取り出すことは可能なんですか?

北川  バルブを開けたらいいんです。

堀江  あ、そうなんですか。

北川  中に圧力を少しだけかけておけば、バルブが開いた時に気圧の低い外に出てきますから。今の鋼鉄製のシリンダーは150気圧から200気圧で窒素やCO2が入っているんですが、それを数十気圧にして運ぶことができるんです。

堀江  じゃあ、例えが悪いかもしれませんが、低圧の圧力容器の中に水を含んだスポンジが入っているようなイメージでいいんですか。

北川  はい。それで構いません。

堀江  そうすると、僕たちはロケットエンジンをつくっていて、燃料に液化メタンを使っているんですけど、そういったものも取り込めますか? 密度を上げることは可能ですか?

北川  密度だったら、液体の方が高いです。

堀江  ……ですよね、やっぱり。

北川  どちらかというと、そこから漏れてきたものを回収するという使い方だと思います。むしろ、宇宙開発でよくいわれるのは「宇宙船の中のCO2コントロール」です。

堀江  ああ、なるほど。

北川  無人だったら問題ないんですが、有人の場合、人間は必ずCO2を出します。今、我々はCO2の平均濃度が約400ppmの世界で生きていますが、これが10倍以上の5000ppmになると意識が朦朧としてきます。CO2を取り除くために、宇宙船では活性炭やゼオライト(多孔質の鉱物)を使っていますが、これだと効率があまりよくないんです。

堀江  映画『アポロ13号』に出てきましたよ。月に行けなくなって、地球に戻ってくるときにCO2フィルターの能力が足りなくなるんです。それで「宇宙船の中にあるもので、どうやったらCO2フィルタが作れるのか」っていうことを試行錯誤していました。

北川  ああ、そうですか(笑)。今、宇宙船でやっているのは、CO2を捕まえて宇宙に放出するというシステムなんです。だから、炭素資源を捨てているわけです。

堀江  もったいないですね。

北川  もったいないです。それは宇宙船だけではなく地球上でも同じで、空気中のCO2を回収して、それを有用なものに変換していくということを考えなければいけないと思います。

北海道の牛から出たメタンガスを精製してロケットの燃料にします!

堀江  僕らのロケットの基地は北海道にあるんですが、今、北海道では温室効果がCO2より高いメタンの排出量問題が深刻で、メタンの処理施設を200ヵ所くらい作らないと北海道の酪農産業はやっていけないんじゃないかといわれているんです。そこで、ロケットの燃料に精製するバイオメタンのプラントを造れるといいなと思っているんですが、PCPはバイオメタンの精製に使えますか?

北川  やろうと思えばできます。ヨーロッパでは十分な実績があって、10年くらい前に私もそれに関わっていたんですが、日本だとやはり市場が小さいんです。

堀江  そうなんですか。本当に素人考えなんですけど、PCPをフィルターがわりに使えないかと思ったんです。原理的にはメタンだけを吸蔵させて、他の不純ガスを通り抜けさせていくことは可能ですよね。フィルターとして使えないんですか?

北川  実はPCPには2通りの使用方法があって、ひとつはPCPに吸蔵させて、どこかに持っていって出す方法。もうひとつはフィルターとして特定の物だけを通過させる方法です。ただ、今は吸蔵させるという方法がメインになっていますね。その辺りのことは「Atomis(アトミス)」というベンチャー企業を創業した樋口雅一さん(京都大学高等研究院物質-細胞統合システム拠点特定助教)が詳しいと思います。

樋口雅一(以下、樋口) 樋口です。よろしくお願いします。

堀江  アトミスはいつできたんですか?

樋口  2015年です。

堀江  具体的な主力商品というのは?

樋口  ひとつは、新材料のPCPの販売です。そして、もうひとつが安全で食べられる「バイオPCP」の開発。バイオPCPにガスを貯めて注射で打てば、免疫が作用されて病気が治るとか、そういったことをやろうとしています。そして、最後にPCPの入った軽量でコンパクトな次世代高圧ガス容器「CubiTan(キュビタン)」の開発です。

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堀江  バイオPCPってすごいですね。具体的にはどんな物質なんですか?

樋口  カルシウムや鉄、マグネシウムは生体の中にたくさんある元素なので安全ですよね。そこに、安全な有機物をかけ合わせて作ったものがバイオPCPの候補になります。

堀江  それはドラッグデリバリーシステム(必要最低限の量の薬を必要な時間に必要な場所に届ける技術)に使ったりするんですか?

樋口  もちろん、ドラッグデリバリーシステムにも使えます。ただ、経口投与では胃酸などの関門をくぐり抜けて体に吸収させ、さらに患部に届けるのはかなりハードルが高いんです。

堀江  やっぱり、経口摂取は難しいんですか? じゃあ、静脈注射液の中に入れるとか?

樋口  そうですね。現在は皮下注射で投与し、もともとヒトに備わっている免疫誘導のシステムを利用して、体全体に効果を発現させる計画です。

堀江  なるほど。そういえば、先ほど北川先生にも聞いたんですが、PCPをフィルターみたいに使えないんですか?

樋口  フィルターとしても使えますよ。

堀江  例えば、牛のフンから出てくるガスはメタン以外の不純物が10%から20%くらい含んでいるんですが、この不純物はいらない。そこで、メタンをPCPに吸蔵させると不純物は通り過ぎていくわけですよね。

樋口  そうですね。そのパターンと、もうひとつはまったく逆でいらないものをPCPで取るほうが実用化に近いかもしれないです。

堀江  そうなんですか?

樋口  PCPは北川先生との話にもあったようにファンデルワールス力という弱い力でメタンを取り込もうとしますが、例えば糞尿の中にある臭い硫黄系のものの方がメタンよりもくっつきやすいんですよ。ですから、20%の不純物をPCPで捕まえて、メタンを素通りさせる方が効率が良いかもしれません。

堀江  高効率でメタンが取り出せるとなると、補助金が出やすいかもしれないですね。北海道は本当に死活問題なので、エネルギーの地産地消じゃないですけど、「北海道の牛から出たメタンガスを精製してロケットの燃料にします」ということが可能かもしれないんですよね。

樋口  そうですね。その時には、ぜひキュビタンで輸送させてください。

堀江  そうですね。

樋口  GPSでキュビタンがどこにあるかもわかるし、中にガスがどれくらい入っているかもわかるようなモニターもついているので、どこに満タンやなくなりかけや空のボンベがあるかというのがパソコンやスマホなどでリアルタイムにわかるようになりますから。

堀江  プロパンガスなどの高圧ガスタンクの代わりになるというのは、すごくいいですよね。楽しみにしています。本日はお忙しい中、本当にありがとうございました。

北川  ありがとうございました。

樋口  ありがとうございました。

その1はこちら

北川進(Susumu Kitagawa)
京都大学アイセムス(高等研究院物質-細胞統合システム拠点)拠点長/京都大学高等研究院特別教授。1951年生まれ。京都府出身。東京都立大学理学部教授などを経て、1988年から京都大学大学院工学研究科教授。2007年に京都大学アイセムス(物質-細胞統合システム拠点)副拠点長・教授、2013年拠点長に。

樋口雅一(Masakazu Higuchi)
京都大学アイセムス(高等研究院物質-細胞統合システム拠点)特定助教/株式会社「Atomis」創業者。1975年生まれ。高知県出身。2005年に京都大学大学院工学研究科博士課程を修了。その後、理化学研究所、東京大学を経て、2010年から京都大学アイセムス(物質-細胞統合システム拠点)特定助教。