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冬眠状態で救命率が上がる!?【筑波大学・櫻井武教授が語る「人工冬眠」 その1】

堀江貴文氏は12月14日、筑波大学の櫻井武教授を取材。冬眠や宇宙旅行、救急救命などについて話を聞いた。人工冬眠が救急医療に活用できるメカニズムとは?(初回配信日:2020年12月14日)

今、生き残っている哺乳類は、冬眠機能を持っていてもおかしくない

堀江貴文(以下、堀江) 櫻井先生は“人工冬眠”の研究をされていますよね。僕は宇宙ロケット事業をやっているので、人類が長期間の宇宙旅行に行く場合に人工冬眠は欠かせない技術だと思っています。そこで今回は、人工冬眠のお話を伺いにきました。

櫻井武(以下、櫻井) 人工冬眠の研究というより、冬眠状態を作り出す脳のメカニズムを研究しているわけですが、それを応用して「人工冬眠を作り出す」ということも視野に入れています。おっしゃるように人工冬眠は、将来的には宇宙旅行への応用もありえますが、僕らが最初に考えているのは“救急医療”です。

堀江 なるほど。

櫻井 大ケガや急性の心筋梗塞、脳梗塞、脳出血など、血管にトラブルがあったり、肺や循環系が破綻して酸素を必要としている組織に供給できない状況に陥ると時間とともに急速に救命率が下がります。ですから、一刻も早く患者さんを病院に搬送したいわけです。その時に人工冬眠の技術を使うと病院に搬送するまでの時間を稼げるんです。

堀江 それは人工冬眠状態になると、代謝がメチャメチャ落ちるからですか。

櫻井 そうです。酸素需要が極端に下げられる。例えば、現在はCOVID-19(新型コロナウイルス感染症)による肺炎などで重症化すると人工呼吸器やECMO(体外式膜型人工肺)を使いますが、あれは無理やり体に酸素を送り込んでいるんです。でも、人工冬眠状態にしてしまえば、極端な話、人工呼吸器はいらなくなります。

堀江 確かに。僕は宇宙旅行のことしか考えていなかったんですが、救急救命の分野で、例えばAED(自動体外式除細動器=いわゆる電気ショックを与える医療機器)みたいに薬剤が用意されていて、それを注射すると冬眠状態になるとしたら、救命率は格段に上がりますね。

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櫻井 そうですね。

堀江 すごく初歩的な質問なんですが、リスはなぜ冬眠するんですか。餌がなくなるからですか。

櫻井 そうです。餌がないとエネルギー不足になり、全身の代謝を維持できません。餓死します。

堀江 ですよね。

櫻井 リスは、冬眠時に体温が4度くらいまで下がるんですよ。すると代謝が100分の1くらいになる。代謝が100分の1になるということは、ふだんの100分の1の食料で生きられる。だから、冬眠する前に食料をたくさん食べて、体に脂肪として蓄えておいて、冬の時期にその脂肪を少しずつ代謝すれば、食べ物の少ない冬を越せるというわけです。

堀江 これ進化論的に考えると、冬眠という形質を獲得した個体が生き残ったということなんでしょうね。

櫻井 実は、哺乳類の中で冬眠するのは、特定の種、つまり種や目にかたまっているわけではないんです。かなりバラけています。リスは齧歯目ですが、クマは食肉目です。ヒトに近い霊長目の中にも冬眠する種はいます。

堀江 そう考えると、少なくとも哺乳類には普遍的に冬眠の機能はありそうだという話になりませんか。

櫻井 僕らは、そう思っています。

堀江 実際、人間でも山で遭難した人が、低体温状態で1週間生きていたという話をたまに聞きますよね。

櫻井 2006年に兵庫県の六甲山で遭難した人は、何も食べないで3週間生き延びました。発見時の体温は22度くらいだったといいます。

堀江 意識はあったんですか。

櫻井 本人によると、ずっと夢うつつの状態だったようです。スウェーデンでも大雪が降って車の中に閉じ込められて、2カ月間飲まず食わずで生きていた人が報告されています。今、生き残っている哺乳類は氷河期を乗り越えてきているので、冬眠のような機能を持っていてもおかしくないんです。

その2に続く

櫻井武(Takeshi Sakurai)
1964年、東京生まれ。筑波大学医学医療系教授、筑波大学「国際統合睡眠医科学研究機構」副機構長。1998年、覚醒を制御するペプチド「オレキシン」を発見。2020年、冬眠様状態を誘導する新しい神経回路を同定。研究テーマは「覚醒や情動に関わる機能の解明」「睡眠・覚醒制御システムの機能的・構造的解明」など。