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シリコン量子ビットは「量産の壁」を越えられるか──ノイズ環境下での高精度制御が示す現実解

株式会社日立製作所(東京都千代田区 代表執行役 執行役社長兼CEO 小島啓二)は、国立大学法人東京科学大学との共同研究により、シリコン量子ビットを対象とした新しい高精度制御技術を開発した。マイクロ波の連続照射と位相制御を組み合わせることで、ノイズの多い環境下でも安定動作を可能にしたという。

量子コンピュータの実用化に向けては、量子ビットの集積化と安定制御が長年の課題である。特にシリコン方式は既存半導体プロセスとの親和性から有望視されてきた一方、材料中の同位体由来ノイズによって量子状態が乱れやすいという制約があった。今回の成果は、この「材料由来ノイズ」というボトルネックに対する制御側からのアプローチとして位置づけられる。

シリコン量子ビットが抱えてきた課題

量子コンピュータの方式は複数存在するが、シリコン量子ビットは半導体製造技術を活用できる点で大規模化への適性が指摘されてきた。既存のCMOS技術との連続性があり、量産工程への移行可能性が比較的高いと考えられているためである。

しかし、一般的なシリコン材料には微量の^29Si同位体が含まれる。この核スピンが周囲の磁気環境を揺らし、量子状態の保持時間(コヒーレンス)を短くする要因となる。従来は同位体純度を高めた専用材料の利用が検討されてきたが、材料調達やコスト、量産性の観点で課題が残っていた。

つまり、材料側でノイズを減らすアプローチにはスケール上の制約が存在していた。

制御技術からのブレークスルー

今回の技術は、量子ビットに対するマイクロ波操作の設計を高度化することで、ノイズの影響を受けにくい状態を人工的に作り出す点に特徴がある。

まず量子ビットにマイクロ波を連続照射し、外乱に対して比較的安定な「ドレスト状態」を形成する。さらにマイクロ波の位相を時間的に変調することで、より安定な「二重ドレスト状態」を実現した。

この二段階の制御により、環境ノイズだけでなく、制御系に由来する微小な揺らぎも平均化され、誤差の蓄積を抑制できるとされる。材料を理想化するのではなく、現実の材料を前提に制御側で吸収する設計思想といえる。

実証された性能向上

同社によれば、本技術の評価において複数の改善が確認された。

まず、Ramsey測定によるコヒーレンス時間は0.14マイクロ秒から40.7マイクロ秒へと大幅に延伸した。これは量子状態を安定に保持できる時間の指標であり、量子演算の信頼性に直結する。

また、スピン回転の安定性を示すQ値は2.2から25.0へ向上した。さらに単一量子ビットのゲート忠実度は95%から99.1%へ改善されたと報告されている。

これらの指標は、量子操作の再現性と精度の向上を示すものであり、大規模化に向けた基盤技術としての意義がある。

集積化に向けた意味合い

量子コンピュータが実用段階に進むためには、単一ビットの性能だけでなく、多数集積時のばらつき耐性が重要になる。個々の量子ビットに対して細かな調整が必要な設計では、スケール拡大時の制御負荷が急増するためである。

本技術は、量子ビット特性のばらつきに対する耐性向上にも寄与する可能性があるとされる。個別チューニングの負担を低減できれば、量子プロセッサの量産設計における実装ハードルは下がる。

この点は、単なる実験室レベルの性能改善ではなく、将来の製造・運用フェーズを意識した進展として評価できる。

国際誌掲載が示す研究的位置づけ

本成果は量子情報科学分野の国際誌「npj Quantum Information」に掲載された。学術的な査読を経た成果として、一定の研究的妥当性が確認された形である。

もっとも、量子コンピュータの実用化には誤り訂正、多ビット制御、システム統合など複数の技術課題が残る。本成果単独で実用機が完成するわけではないが、シリコン方式の現実解を一歩前進させる技術的ピースとしての意味合いは大きい。

関連情報

日立の研究開発ウェブサイト:https://www.hitachi.co.jp/rd/

ZEROICHI編集部が注目した理由

ZEROICHI編集部が本件に注目したのは、材料純度の追求ではなく「制御で現実材料を使いこなす」というアプローチにある。量子技術の議論は理想条件を前提に語られがちだが、産業化においては既存製造基盤との整合が不可欠である。

シリコン量子ビットが本格的にスケールするかどうかは、材料コスト、製造再現性、制御複雑性の三点に左右される。本技術はそのうち制御複雑性とノイズ耐性に具体的な改善余地を示した。

また、2027年のクラウド公開を見据えたロードマップが明示されている点も実装志向の強さを示す。量子コンピュータ開発が「研究競争」から「工学競争」へ移行しつつあることを示唆する動きとして注視に値する。

今後の展望

同社は今後、国内外の研究機関と連携し、量子技術の社会実装を推進するとしている。量子計算の実用領域は依然限定的ではあるが、材料・制御・集積の各レイヤーで段階的な改良が積み重なっている。

シリコン量子方式が大規模量子計算の有力候補として定着するかは、今後数年の技術統合にかかっている。今回の成果は、その現実的な道筋の一端を示したものといえる。

■原文リリース(参照)
原文リリース発表日付:2026年2月20日
タイトル:ノイズの多い環境でも安定動作する量子ビットの高精度制御技術を実証
原文リリースのURL:
https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000048.000152541.html

※本記事は、原文から一部編集・要約して掲載しています。
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