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魚を食べたから“文化”を手に入れた?【千葉工業大学学長・松井孝典氏が語る「ロケットで地球外の生命をみつける意義」その2】

千葉工業大学学長であり東京大学名誉教授の松井孝典氏が2023年3月22日永眠されました。弔意を込め、生前の堀江貴文氏との対談(2022年9月19日配信)を再掲します。ご冥福をお祈りいたします。

学長であり東京大学名誉教授の松井孝典氏は、世界の地球科学者から注目を集めた日本の惑星科学の第一人者である。

ロケット事業を展開する堀江貴文氏は、松井氏が推進する「ロケットで地球外の生命をみつけるプロジェクト」について話を聞いた。松井氏との対談は「20万年前の地球での気候変動」まで話がさかのぼり、「ホモサピエンスの誕生」から「人と微生物の関係性」といった知的なキーワードの数々に、堀江氏の興奮は最高潮になった。

トルコの遺跡の研究と鉄器の起源

堀江 で、そんな松井先生の興味の幅も広いというか、トルコの遺跡の研究もしているんですよね。

松井 はい。トルコの遺跡で鉄器文明の研究をしています。鉄器の起源って、わかっていないんですよ。

堀江 青銅器とは非連続なんですか?

松井 と言われています。私は「銅器、青銅器と同じ頃(約5000年くらい前)に鉄器製作も始まっていたんじゃないか」という仮説を立てているんです。それを検証するためにトルコの「カマン・カレホユック」という遺跡で2015年から発掘に参加し始めました。そうしたら、4500年くらい前の前期青銅器の層から拳くらいの大きさの鉄球が出てきたんです。

堀江 へー。

松井 そして、この鉄球を分析したら人工物であることがわかった。「魚卵状鉄鉱石」といって、水酸化鉄が魚の卵のように集まってできる鉱石があるんですが、鉄球の材料がそれとよく似ていたんです。鉄鉱石を1000℃から1500℃くらいで加熱すると同じような状態になるので、人類は約4500年前に鉄鉱石を使って鉄を還元しようとしていたと考えられます。でも、そんなことを突然思いつくはずはない。

堀江 そうですね。

松井 だから、空から降ってきた鉄隕石が、鉄器文明のきっかけじゃないかと思っているんです。というのも、トルコの「アラジャホユック」という遺跡からも、約4500万年前に鉄隕石で作られた刀が出てきているからです。

堀江 そうなんですか。

松井 それから、もう少し後の時間になりますが、ツタンカーメン(約3300年前の古代エジプト第18王朝のファラオ)の棺からも鉄隕石で作られた鉄剣が出ている。鉄器製作は約3900年前から約3200年前までヒッタイト帝国(現在のトルコあたり)で秘密にされていた技術です。だから、鉄剣がエジプトにあるわけがない。

堀江 そうですね。

松井 実は、ツタンカーメンのおじいさんにあたるアメンホテブ3世は、ヒッタイト帝国に近いミタンニ王国から王女をお嫁さんにもらったんですが、そのときの土産物として鉄剣を3本持ってきたと書いてある文書が残っているんです。だから、ツタンカーメンの棺から出た鉄剣はミタンニ王国から来たものではないかと推測しているんです。

堀江 トルコ周辺には高度な文明があったということですね。

松井 そう。そういうことを研究しているうちに、今度はトルコの「ギョベクリ・テペ遺跡」に1万2000年前の石造りの神殿があるという話を聞いたんです。そして、現地に行くと6mくらいの高さのT字型の柱が向き合って建っていて、その周りに同じようなT字型の柱が12本も建っていた。祭祀遺跡だと言われているけれども、そこには人が住居していた遺跡が見つかっていないんです。

堀江 へー。

松井 だから、これは調べないといけないなと思いました。実は1万2000年前という時期が重要なんです。地中海東部沿岸のレバントという地域(トルコ、シリア、レバノン、イスラエル、エジプトを含む地域)には、ホモ・サピエンスの狩猟採集時代の遺跡がたくさん残っていて、その時代の最後の時期(約1万4500年前から約1万1500年前)を「ナトゥーフ文化」というんですが、まだ農耕が始まっていないんです。

堀江 はい。

松井 一方で、トルコのチグリス・ユーフラテス川の源流に行くと、1万年くらい前の農耕遺跡がたくさんある。そして、この狩猟採集から農耕という生活様式がどう移行したのかがわかっていない。農耕を始めた時期がいつからなのかがわからないんです。それで、私は1万2000年前のトルコのギョベクリ・テペ遺跡の神殿を見て「これは1万2000年前に農耕をしていた可能性がある」と考えたわけです。だって、あれくらい大きな規模の遺跡は、例えば100人規模の人が10年くらいかけないと造れません。

堀江 狩猟採取民がそんなの造れるはずがないと。

松井 狩猟採集民が集団で住むようになって、神殿を作った可能性もある。すると、近くに共同住宅的なものがあったはずです。その人達は農耕の始まり的な生活を始めていたかもしれない。


堀江 その周辺にってことですか?

松井 はい。だから、その居住遺跡を見つけて発掘すれば、農耕の証拠が見つかるかもしれない。すると「人類の農耕は1万2000年前に始まっていた」ということになり、世界史を書き換える発見になるわけです。

堀江 どうやって、その場所を探すんですか?

松井 21世紀はじめくらいから「この辺に何かありそう」という報告が相次いでいる場所があるんです。まず、そこを空からドローンで測量して、地上からはレーダー発信装置を移動させて測量する。

堀江 すると、地面に埋まっているものがわかるんですか?

松井 石が埋まっていればわかるんです。ところが、その辺はピスタチオ農園になっていて……。

堀江 ピスタチオ農園(笑)。

松井 ピスタチオの木を全部切り倒さなければいけないので、ちょっと時間がかかりそうなんです。

その3へ続く

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松井孝典(Takafumi Matsui)
千葉工業大学学長、東京大学名誉教授
1946年生まれ。理学博士。専門は地球物理学、比較惑星学、アストロバイオロジー(宇宙生物学)。1986年、学術誌『ネイチャー』に海の誕生を解明した「水惑星の理論」 を発表し、世界の地球科学者から注目を集めた。日本の惑星科学の第一人者。