堀江貴文氏は、東京大学先端科学技術研究センター特任研究員・加沢知毅氏から、現在行われている、「昆虫脳」の解析についての研究について話を聞いた。
前回は、昆虫脳の研究を進めていく中で、昆虫の神経活動の爪跡が神経回路に残っていることが分かり、その行動結果から神経細胞型ネットワークの解析を進めることの重要性についてお話いただいた。
- その1 昆虫の脳の研究でカギとなる“リカレントニューラルネットワーク”とは?
- その2 日本初ショウジョウバエの全脳レベルでのシミュレーションと進化する昆虫の行動研究(2023年12月18公開)←今回はここ
- その3 将来的にス-パーコンピューターで昆虫の脳を完全再現、人間の脳の仕組みの解明へ(2023年12月25日公開)
日本初ショウジョウバエの全脳レベルでのシミュレーションと進化する昆虫の行動研究
堀江 そういえば、人間のように社会性を持っている昆虫もいますよね。
加沢 はい。ハチやアリは社会性を持っている昆虫です。社会性のある昆虫は、だいたい女王様がいて、女王様を中心にコミュニケーションをとっています。ですから巣があるのです。そして、巣を基準にして座標を覚えます。例えば、巣から離れたある場所にエサを置いて、そのエサを持ち帰ったアリが巣に入ってから巣をズラすと、他のアリはその分だけズレた場所にエサを探しに行くのです。
堀江 へー。昆虫の視覚はどんな感じになっているのですか? 人間の場合は、目から入ってきた情報を後頭部にある視覚野で推論しているという話を聞きますが、ハチやアリは複眼ですよね。
加沢 複眼のひとつひとつが独立な目(個眼)になっているのです。そのひとつひとつの個眼の先で、色や方向を感じとっています。また、そのひとつひとつの個眼は隣やその隣の視細胞とインタラクション(相互作用)して動きの認識やコントラスト調整をした情報を集めています。まだ、わからない部分も多いのですが、集めた情報からパターンのストックと照らし合わせ「これは木だ」とか「今、何かが飛び立とうとしている」と判断して行動しているんだと思います。
堀江 ということは、昆虫の場合はデータがダイレクトに処理されているということですか。
加沢 昆虫は素早い行動をするために、ダイレクトに特化した経路を作ろうとするんですが、その経路のほかにバックアップというか並列して高次中枢にいく経路もあります。
堀江 なるほど。ちなみに、こうした研究をしている人は、世界でどれくらいいるんですか?
加沢 例えば、ショウジョウバエを全脳レベルでシミュレーションしようとしているたちは、おそらく世界で数グループくらいありますが、日本では私たちだけです(笑)。私は、元々カイコガの研究をしていたんですが、ショウジョウバエのほうが研究が有利に進むので、ショウジョウバエが中心になりました。
堀江 それはどういう点で有利なんですか?
加沢 やはり、遺伝子操作が楽にできるところが大きいですね。2週間くらいで世代が替わるので、遺伝子操作した新しいショウジョウバエを安定させるのが早いんです。哺乳類も昔はラットがメインな研究対象でしたが、今はマウスが多くを占めています。
堀江 ラットとマウスでは、やはりラットの方が世代交代は早いんですか?
加沢 ラットは生まれてから4ヵ月くらいで交配・出産しますが、マウスはその半分くらいです。
Text=村上隆保 Photo=ZEROICHI
加沢知毅(Tomoki KAZAWA) 東京大学先端科学技術研究センター特任研究員
1967年生まれ。茨城県出身。 1995年名古屋大学大学院物理学科満了の後、筑波大‐東京大学情報理工を経て東京大学先端研へ。昆虫感覚系神経生理の研究から、京コンピュータの開発をきっかけに昆虫全脳神経ミュレーションを目指し世界最大FLOPSの神経回路シミュレーションを構築。現在「富岳」上で昆虫脳詳細シミュレーションを構築して研究中。