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EU AI法「高リスクAI」対応をどう進めるか ――ニュートン・コンサルティングが示す“法令対応のその先”のAIガバナンス――

1.EU AI法がもたらす現実性と、日本企業の「いま」

生成AIを含むAI技術の社会実装はすでに実験段階を越え、業務の中核や新規事業の基盤として組み込まれつつある。その一方で、「どこまでが許され、どこからが高リスクなのか」という線引きは、現場にとって依然として分かりづらい領域である。

EUは、この曖昧さに対し世界で初めて包括的なAI規制としてEU AI法(EU Artificial Intelligence Act)を制定した。2024年8月に発効し、禁止行為、汎用AIモデル、高リスクAIシステムなど、リスクベースで段階的な適用が進んでいる。2025年8月には汎用AIモデル向けの義務が適用され、2026年・2027年にかけて高リスクAI向け義務が本格的に動き出すスケジュールが示されている。
高リスクAIとして想定されているのは、教育・雇用・インフラ・医療・バイオメトリクス・司法・移民管理など、人権や安全、社会インフラに重大な影響を与え得る領域である。これらに該当するAIには、リスク評価・データ品質・ログの記録・文書化・透明性・人的監督など、極めて具体的な要件が課される。

今回ニュートン・コンサルティング株式会社がリリースした「EU AI法(高リスクAI)対応支援サービス」は、こうした国際規制の流れを背景に、単なる法令対応にとどまらず、組織全体のAIガバナンス体制を整備することを狙いとしたコンサルティングサービスである。
本記事では、リリース内容と同社の公開情報をもとに、このサービスの位置づけと特徴を整理しつつ、ZEROICHI編集部としての注目点・取り上げ理由を示していく。

2.EU AI法と「高リスクAI」――何が問われているのか

EU AI法は、AIシステムを以下のようなリスク階層で分類する枠組みを採用している。

  • 禁止AI(特定の監視・ソーシャルスコアリングなど)
  • 高リスクAI
  • 透明性リスクAI(チャットボット・ディープフェイク等)
  • 低リスク/最小リスクAI

このうち「高リスクAI」は、

  • 交通インフラの安全コンポーネント
  • 教育機関での試験スコアリング
  • ロボット手術など医療分野の安全コンポーネント
  • 採用・人事評価・与信判断
  • バイオメトリクス認証や感情推定
  • 司法や行政の重要判断

といった領域を代表例として含む。

高リスクAIに求められるのは、「一度作って終わり」のコンプライアンスではない。

  • リスクアセスメントとリスク低減策
  • 学習データの品質確保とバイアス管理
  • システムのログ取得と追跡性
  • 技術文書・利用目的の明確な文書化
  • デプロイヤーへの十分な情報提供
  • 人による監督と介入可能性
  • 堅牢性・サイバーセキュリティ・精度の確保 

といった要件が、ライフサイクル全体にわたって求められている。

こうした要件は、EU域内でAIシステムを提供・使用する組織に直接適用されるが、EU域外であっても「EUで使われる可能性のあるAIシステム」を提供する事業者は、事実上同じ水準のガバナンスを求められる状況になりつつある。

ニュートン・コンサルティングは、こうした規制環境の変化を踏まえ、「EU法そのものの適用有無だけでなく、自社のAIシステムが社会やビジネスの中核になりつつあることを前提に、責任あるAIガバナンスを整備すべきである」と位置づけている。

3.ニュートン・コンサルティングの新サービスの位置づけ

ニュートン・コンサルティング株式会社は、ERM(全社的リスク管理)、BCP、サイバーセキュリティ、プライバシー保護など、企業のリスクマネジメントを総合的に支援してきたコンサルティングファームである。官公庁・自治体・大学・民間企業など約2,100社の支援実績を有することが公表されている。

同社はこれまでも、EU AI法の概要解説や、ISO/IEC 42001(AIマネジメントシステム)、NIST AI RMFといったAIガバナンス関連ガイドラインをテーマにしたセミナーや解説記事を公開してきた。
今回の「EU AI法(高リスクAI)対応支援サービス」は、それらの知見を踏まえ、次のようなニーズを持つ企業を対象としている。

  • EU市場でAI製品・サービスを展開しており、EU AI法対応の方向性に悩んでいる企業
  • ISO/IEC 42001やNIST AI RMFなどの導入を検討しつつ、EU AI法対応とも統一的に整備したい企業
  • 自社のAIシステムが「高リスクAI」に該当するか判断がつかず、体制・文書整備に不安がある企業
  • AIガバナンス体制を自ら整備したいが、専門的な伴走・監修を求める企業

サービスの提供形態は、プロジェクト型(実務伴走)とアドバイザリ型(定期相談+文書レビュー等)の二本立てであり、日本本社・海外子会社のいずれにも対応可能とされている。期間は3〜8ヶ月、価格は個別相談である。

4.サービスの5つの特長――「翻訳」から「実装」まで

プレスリリースおよびサービス紹介ページでは、本サービスの特長として5点が挙げられている。それぞれをZEROICHI編集部の視点も交えつつ整理する。

4-1.高リスクAI該当性と対応要件を「現場目線」で整理
EU AI法の条文やガイドラインは専門性が高く、「自社のどのシステムがどの分類に入り、何を満たす必要があるのか」が直感的には把握しづらい。その結果、

  • 必要以上に過剰な対応をしてしまう
  • 逆に、本来必要な対策が抜け落ちる

 といったアンバランスが起こりやすい。

ニュートン・コンサルティングは、企業が持つAIシステムの用途・ユーザー・データ・ライフサイクルを整理したうえで、「どのリスクカテゴリに該当し、どこまで備えるべきか」を具体的にマッピングするアプローチを打ち出している。

ZEROICHIとしては、ここで重要なのは「条文の読解」ではなく、

  • 既存業務フローとの接続
  • 既存の開発プロセスやレビュー体制との統合

まで含めた“実務への落とし込み”を重視している点だと捉えている。

4-2.ISO/IEC 42001やNIST AI RMFと整合したガバナンス設計
EU AI法のみにフォーカスした対応を行うと、

  • 他地域の規制(米国・英国など)の動向
  • 既存のISOマネジメントシステム(ISO 9001・ISO/IEC 27001 等)

との整合性が取れず、「縦割りガバナンス」になりやすい。

同社は、ISO/IEC 42001(AIマネジメントシステム)、NIST AI RMF、日本の各種AIガイドラインなどとの整合性を意識した設計を掲げている。これは、EU AI法を「単独の規制対応」ではなく、「全社的なAIガバナンスのハブ」として位置づける考え方であり、長期的な運用コストや組織内の理解浸透を考えると合理的なアプローチである。

4-3.「翻訳・解釈」にとどまらない、社内実装・文書整備支援
EU AI法は、技術文書(Annex IV)や内部手順の整備も求めている。ここで問題になるのは、

  • 法務・技術・現場運用の言語が異なること
  • 「テンプレートだけ埋める文書」になりがちなこと

 である。

同社は、「意味のある文書設計」をキーワードに、既存の規程や運用ルールとの整合を取りながら、形骸化しない文書整備を支援するとしている。

ZEROICHIとしては、AIガバナンスにおける文書化は「監査対応のための証跡」であると同時に、

  • 開発・運用メンバーが迷わないための“行動ガイド”
  • 経営がリスク認識と投資方針を共有するための“翻訳装置”

という役割も持つ点に注目している。

4-4.AI・組織設計にまたがる専門チームによる伴走
EU AI法対応は、条文理解だけでは完結しない。

  • どの職種・部門を巻き込むべきか
  • どこに責任を置き、どこまで分権するか
  • 既存のセキュリティ・プライバシー体制とどうつなげるか

といった組織設計上の問いに答える必要がある。

ニュートン・コンサルティングは、ERM・サイバーセキュリティ・AI技術・組織設計に精通したコンサルタントがチームで支援するとしており、「体制デザイン」と「技術要件」を一体として扱うことを打ち出している。

4-5.日英バイリンガル対応によるグローバル連携支援
AIガバナンスに関する技術文書や方針は、多くの場合英語での作成や説明が求められる。EU拠点や海外のパートナー企業との連携において、

  • 英語でのレビュー・会議ファシリテーション
  • 日英双方で整合したポリシー・手順書の作成

は避けて通れない。

同社は、日英バイリンガルでの対応を前提に、海外拠点やグローバルチームとの調整も含めた支援が可能であると説明している。

支援の進め方――「該当性判断」から「自走化」へ

サービス紹介ページでは、支援のステップ例として、次のような流れが示されている。

  1. 初期診断・該当性判断
  2. 自社のAIシステムがEU AI法上どのカテゴリに該当するかを整理
  3. 現行体制と要求事項のギャップを洗い出し
  4. 必要に応じてステークホルダーインタビューや業務フロー確認を実施
  5. ガバナンス方針・体制の設計支援
  6. ISMS・QMS・AI倫理方針など既存の枠組みと整合したAIガバナンス設計
  7. 社内ポリシーやガイドラインのドラフト支援
  8. 部門横断の運用体制・責任分担の整理
  9. 技術文書・運用ドキュメント整備支援
  10. Annex IVを意識した技術文書・プロセス文書の構造設計
  11. リスク評価・モニタリング・改善サイクルの仕組みづくり

そのうえで、プロジェクト期間終了後に自社で運用し続けられることを前提に、必要に応じてアドバイザリ型の継続支援も提供する構成となっている。

■会社概要
社名 :ニュートン・コンサルティング株式会社
所在地 :東京都千代田区麹町1-7 相互半蔵門ビルディング5F
設立 :2006年11月13日
資本金 :30,000,000円(2024年12月末時点)
代表者 :代表取締役社長 副島 一也
URL:https://www.newton-consulting.co.jp/
事業内容 :リスクマネジメントに関わるコンサルティング

6.ZEROICHI編集部が注目する3つのポイント

本リリースをZEROICHIとして取り上げた理由は、主に次の三点である。

6-1.「EU AI法=海外の話」ではないというメッセージ
ニュートン・コンサルティングは、自社サイトで「GDPR同様、『EU法の対象外だから関係ない』という姿勢は現実的ではない」と明言している。
AIがクラウドサービスやマイクロサービス群として再利用される現代において、

  • どこで学習し
  • どこで提供され
  • どこで利用されているか

の境界は曖昧である。

ZEROICHIとしては、本サービスが日本企業向けに「EU AI法をきっかけとした自社AIガバナンスの再設計」を促している点を評価している。

6-2.規制対応とISO/ガイドラインを「一本の線」でつなぐ発想
EU AI法、ISO/IEC 42001、NIST AI RMF、日本のガイドラインなどを“別々の宿題”として扱うのではなく、一体のAIガバナンスアーキテクチャとして設計しようとする姿勢は、今後の標準的なアプローチの一つになり得る。
規制は変わり得るが、

  • リスクを把握し
  • プロセスを文書化し
  • 改善サイクルを回す

というマネジメントの基本は、容易には変わらない。

EU AI法対応を土台にしながら、将来の規制変化にも耐え得る枠組みを作ろうとする発想は、「短期対応」と「長期競争力」を両立させる試みとして注目に値する。

6-3.AIを「現場で運用されるシステム」として扱う視点
本サービスの説明からは、AIを単なるアルゴリズムではなく、

  • 組織構造の中で運用されるシステム
  • 人間の判断や業務プロセスと接続された仕組み

として扱おうとする視点が読み取れる。

リスクマネジメント、BCP、サイバーセキュリティといった既存領域での経験を背景に、AIガバナンスを「ITガバナンスの特別版」ではなく、「全社的リスクマネジメントの一部」として位置づけている点は、構造的なアプローチとして評価したい。

7.おわりに――AIガバナンスは「法令対応」から「経営インフラ」へ

EU AI法は、世界で初めてAIに対する包括的なルールセットを提示した規制であると同時に、各国・各企業に「AIをどう扱うのか」という問いを突きつけている。
今回のニュートン・コンサルティングのサービスリリースは、

  • EU規制の枠組みを踏まえつつ
  • 自社のAI利用を持続可能な形で管理する

ための現実的な選択肢を提示する動きであると捉えられる。

ZEROICHI編集部としては、AIを事業の中核に据えつつある企業にとって、AIガバナンスは「コスト」ではなく「経営インフラ」として再定義されていくと見ている。本記事が、EU AI法対応を契機に、自社のAIガバナンスの在り方を見直す一助となれば幸いである。

■原文リリース(参照
原文リリース発表日付:2025年11月26日
原文タイトル:EU AI法(高リスクAI)対応支援サービスを提供開始~法令対応に留まらない、統合的なAIガバナンス整備を伴走支援~

※本記事は、原文から一部編集・要約して掲載している。
 誤解や偏りが生じる可能性のある表現については、原文の意味を損なわない範囲で調整している。