新型コロナワクチンの開発で有名な米「モデルナ(Moderna)」社は、2023年1月、ライフサイエンス企業「オリシロジェノミクス」社を8500万ドル(約110億円)で買収すると発表した。末次正幸氏は、オリシロジェノミックス社の共同創設者兼チーフサイエンティクオフィサーとして、無細胞DNA合成技術や増幅技術などを発明している。
堀江氏は、末次氏の研究室がある立教大学理学部を訪問し、DNA情報から生命をデザインする「合成生命学」とDNA増幅技術について話を聞いた。
- その1 酵素反応で細菌ゲノムを増幅させていく「合成生物学」の凄さとは?
- その2 創薬プロセスの常識が変わる!? DNA情報から薬を作ることが実現可能に
- その3 ❝終わった研究❞からmRNAワクチン開発、そしてその先へ←今回はここ
モデルナの買収で進むmRNAワクチン開発、そしてその先へ
堀江 でも、こうした研究をしている人って世界中にいますよね。
末次 いますね。
堀江 それで競争に勝てたというのは、何が理由なんですか?
末次 競争になっていなかったんですよ。
堀江 競争になっていなかった?
末次 僕のやっている研究が地味すぎて、競争になってなかったんです。
堀江 どういうことですか?
末次 どう説明したらいいんだろう……。僕がやっていた大腸菌のDNA複製の研究って、もう30年くらい前に終わった研究なんです。
堀江 ああ、そういう「忘れ去られた研究」みたいなのってありますよね。僕が昔(2005年に)立ち上げたミドリムシを活用した食品などを販売している『ユーグレナ』っていう会社があるんですけど、そのとき日本にミドリムシの研究者は4人くらいしかいなかったんです。
末次 そうなんですね。
堀江 ミドリムシって、教科書にも載っているくらいメジャーな微生物で「それを研究してどうするの?」みたいな感じだったんです。で、たまたま知り合いになった大学院生がミドリムシの研究をしていて、「堀江さん、ミドリムシって実はすごいんですよ。高濃度のCo2環境下でも生育できるし、めちゃめちゃいい栄養にもなるし、バイオエタノール的なものもつくれます。ただ、効率良く栄養を作りすぎるので、他の大きな微生物の餌になっちゃうんですよ」みたいな話をしていたんです。
末次 なるほど。あと、最先端の研究じゃないと研究費が取れないので、みんなやりたがらないということも競争にならなかった理由かもしれません。大腸菌の研究をやっていても研究費が取れないので……。
堀江 でも、僕は「枯れている技術だから必要ない」とは思わないんですよ。たぶん、アカデミックに考えると最先端技術に行っちゃうんでしょうけど、ビジネス目線で見ると枯れた技術のほうがいいんです。
末次 それは、競争相手がいないからですか?
堀江 競争相手がいないし、先人たちの経験がたまっているし、パテント(特許)も切れている。
末次 なるほど(笑)。
堀江 なので、僕らからするとブルーオーシャンですよ。でも、今回はすごくタイムリーでしたよね。パンデミックの前から、この研究はやられていたんですか?
末次 はい。ただ、会社(オリシロジェノミクス/2018年設立)をつくったときは、m RNAは視野に入れていませんでした。原理を作りたかったというか、例えばデザインしたDNAを微生物に入れたらいろいろな薬を作ることができるので、そこから、いろいろなことが考えられるかなと思っていたんです。そんなときに新型コロナウイルスのパンデミックがあって、m RNAのニーズが出てきた。そして、米『モデルナ』社から声がかかったという感じです。
堀江 でも、モデルナもよくm RNAをつくりましたよね。だって(ドイツのバイオ医薬ベンチャー)の「ビオンテック(Biontech)」社も、治験とか流通などは米「ファイザー(Pfizer)」社がやっているわけじゃないですか。
末次 そうなんです。だから、この研究は大きな会社と組まないでやるのは大変だろうなとは思っていました。そんなときにモデルナから声がかかったので、一緒にやっていけばこの分野の研究はすごいスピードで進むだろうと思って、買収のお話を受けたんです。
堀江 薬を人工合成するというハードルはまだ高いじゃないですか。でも、逆にいうとその部分が進むと創薬も難病の治療法もかなり進化するわけですよね。
末次 そうですね。DNA情報から薬をつくるわけですから、かなり変わると思います。
堀江 いやー、これは期待大ですよね。本日はありがとうございました。
末次 こちらこそ、ありがとうございました。
Text=村上隆保
末次正幸(Masayuki Suetsugu) 立教大学理学部生命理学科教授
1976年生まれ。佐賀県出身。1999年、九州大薬学部卒業。2005年、九州大学大学院薬学研究院薬学府にて博士号を取得。その後、九州大学大学院薬学研究員助教、立教大学理学部生命理学科准教授を経て、2020年、立教大学理学部生命理学科教授に。2018年12月にライフサイエンス企業「オリシロジェノミクス」を設立。