堀江貴文氏は7月20日、横浜市立大学の武部貴則氏を取材。「再生医療」と「広告医療」の最先端などについて話を聞いた。(初回配信日:2015年7月23日)
遺伝子改変したiPS細胞を身体に戻せれば、臓器再生の可能性はもっと広がる
堀江 「臓器の種」になる細胞の培養についてですが、従来とは違う方法なんですか?
武部 簡単に言ってしまえば、「柔らかい環境」で培養してあげるということです。
堀江 柔らかい環境?
武部 ええ。細胞を培養する時には、細胞が接着するように表面をコーティングした硬いプレートを使うのが常識です。でも、それを使うとシート状の細胞しか培養できません。立体的なものは作れないんです。
堀江 それが従来の研究の常識的な方法だったのに、なぜ、あえて柔らかい環境で培養しようと思ったんですか?
武部 たまたまです。
堀江 えっ、たまたま?
武部 はい。当時、それぞれ違う目的のために3種類の細胞を研究していたんです。それである日、たまたま3種類の細胞が余ってしまって「これ、もったいないなー。まとめて培養してみよう」って……。
堀江 「もったいない」って(笑)。
武部 ええ。それでその時に選んだ培養材が、非接着性のすごく特殊なものだったんですよ。その培養材を使って余った細胞を培養してみたら、なんだかボコボコと紐のようなものがたくさんできたんです。「これはスゴイ」と思って研究者の先輩に見せたら「カビが混ざったんだろう」って怒られました(笑)。でも、僕は“細胞が自律的に何か構造を作ろうとして力を引き出したんじゃないか”と考えて研究を続けていたんです。そして、環境や技術的な条件がわかってきて今の培養方法にたどり着きました。
堀江 環境って、どういうことが大切なんですか? 例えば、温度管理とかですか?
武部 一番大切なのは、細胞が付着する底面(下地)の適度な柔らかさです。豆腐よりも少し柔らかい下地を敷いてあげて、その上に3種類の細胞を置いてあげることが大切です。
堀江 その下地は、ゼラチンみたいなものですか?
武部 ゼラチンよりも、ずっと柔らかいですね。その柔らかい環境で間葉系細胞を組み合わせて培養すると、細胞が収縮してボール状になるんです。
堀江 へえ。ボール状の細胞の大きさですが、一番大きいものだとどのくらいなんですか?
武部 作ろうと思えば、1cmオーダーでできます。今メインで作っているのは5mmとか6mmですが、量産を想定した場合だと0.2mmくらいですかね。
堀江 量産ですか。
武部 肝臓の再生の場合、必要とされる細胞の種の数は1000億個とかものすごい数になります。これを従来の方法で作ろうとすると、1万〜10万人の研究員が必要で、コストも数十〜数千億円かかってしまう。1人の患者さんを治療するのにそんな大金がかかってはまずい。そこで現実的な方法として、1回にサイズダウンしたものを何万個と作って、それをまとめて移植する方向にシフトしています。化学メーカーの『株式会社クラレ』に小さなU字状のディンプルが2万個くらいある培養皿を作ってもらったんですが、そこに3種類の細胞をまとめて入れると、たこやきみたいに2万個の肝臓の種が出来るんです。
堀江 U字のディンプルだと都合がいいんですか?
武部 U字だと、細胞自身の力だけでなく重力も利用できるので、より簡単にボール状になりますね。
堀江 難しそうな方法ではないですね。
武部 簡単です。すでに大量生産の技術は、ほぼ完了しています。今後は、品質管理です。1%でも造腫瘍性のリスクを持った細胞が混ざるとよくないので、これを排除するための方法を研究しています。
堀江 どんな方法なんですか?
武部 サンプリングして造腫瘍性に関わるマーカーが出ていないかチェックしたりするのが通常です。一方、遺伝子改変の技術によって、iPS細胞を使って特定の物質が光るようにしておいて、光が何%以上出ていたらOKとかNGとか判断する方法や、移植後に問題が生じたら細胞が死滅するような方法も考えられます。でも、現在は遺伝子改変したiPS細胞を人間の身体に戻すことは出来ません。それができると可能性はもっと広がります。理論上では、「エリート臓器」を人為的に作ることも可能です。例えば、光をパッと当てた瞬間に臓器の一部分が変換して、病気を治す機能とか……。
堀江 そうですね。光でスイッチングする遺伝子発現の仕組みは出来てますからね。
武部 最近、僕の中でアツいのは、進化学にこうしたiPS細胞の技術を使うことです。例えばネアンデルタール人の解析などは、骨とか化石の情報しかないので内臓や脳がどうなっていたかはまったくわからない。でも、ゲノム情報はわかってきたので、iPS細胞にネアンデルタール人のゲノム情報を入れると、腸や肝臓、脳を再現することが可能なんです。そこから昔の人の代謝を再現したり、疾病に関する情報が得られるかもしれない。それが現代の疾病を克服するヒントになる可能性もあるんです。
堀江 なるほど。
武部貴則(Takanori Takebe)
横浜市立大学医学部准教授(当時)。1986年生まれ。神奈川県出身。米スクリプス研究所研究員、米コロンビア大学研修生、横浜市立大学医学部助手を経て、2013年より現職。米スタンフォード大学幹細胞再生医学研究所にて客員准教授を兼務。