(本記事はリリースをもとにZEROICHI編集部が編集したものである)
はじめに
災害時や医療過疎地における医療支援の在り方は、これまで長らく「人と物資が現場に届かない」という単純だが深刻な問題に阻まれてきた。医師や看護師が被災地に急行できても、必要な器材や資材が届かなければ医療は機能しない。とりわけ物流インフラが寸断された状況では、医療者がいかに技術を持っていても、患者に必要なものが届かないという“最終距離の壁”が立ちはだかる。この輸送上の断絶こそが、いわゆる「ラストワンマイル医療」の課題である。
今回、オーガイホールディングス株式会社とドローン・アイティー株式会社、日本遠隔医療学会 歯科遠隔医療分科会の三者が実施する実証実験は、その壁を越えるための極めて象徴的な取り組みである。
本稿では、世界初となる「義歯をドローンで運ぶ」実証実験の背景と意義を多角的に整理し、ZEROICHI編集部としての注目理由を加えたうえで紹介する。
1. 世界初“義歯ドローン輸送”実証実験とは何か
実験は2025年11月26日、神奈川県鎌倉市の大船飛行場(鎌倉ドローンフィールド)を会場として実施される。
輸送するのは、上下総義歯(デジタルデンチャー)であり、その総重量は約50gである。飛行ルートはA地点からB地点までを設定し、以下の複数条件を比較する。
- 自動航行と手動航行の比較
- 目視範囲内の飛行と、目視範囲外(BVLOS:Beyond Visual Line of Sight)飛行の比較
- 災害時を想定したラストワンマイル配送のシナリオ評価
単に“飛ぶかどうか”を試すだけではなく、災害時の実運用に耐え得るかという観点で、複数条件を総合的に検証する構造となっている。
2. なぜ「義歯」をドローンで運ぶのか
義歯という比較的小さな医療物資をなぜドローンで輸送するのか——この点は背景を理解することで明確になる。
2-1. 災害時、高齢者の約5人に1人が義歯を失うと言われている
避難生活において、紛失・破損・衛生環境の悪化などを原因として、多くの高齢者が義歯を失うとされている。義歯の喪失は単なる不便にとどまらず、
- 咀嚼機能の低下
- 栄養状態の悪化
- 誤嚥性肺炎のリスク上昇
- 会話困難による生活の質(QOL)の低下
- 自尊感情の低下
- 認知機能への影響
など、日常生活と健康状態を広く損なう深刻な問題である。
2-2. デジタルデンチャーがもたらす「迅速な再製作」
近年、口腔内スキャンデータをもとにデジタルで義歯を再製作する技術が大きく進歩している。避難所でも再製作が可能になりつつあるが、「では完成した義歯を、断絶された地形やインフラの先にどう運ぶのか」という課題が残っていた。
この輸送問題をドローンが解決し得るかどうかが、本実証の最大の焦点である。
3. ラストワンマイル医療の文脈から見た意義
義歯は小型の医療物資であり、重量も軽い。しかし医療現場の視点で見ると、義歯は“生きる力を支える医療機器”であり、患者にとっては不可欠な生活基盤である。
災害時は交通網が最も早く麻痺する領域であり、車両の通行が困難になるケースが多い。河川氾濫・土砂崩れ・道路断絶など、地形要因の影響も大きい。
そのため、軽量かつ高価値の医療物資である義歯は、ドローン輸送との相性が極めて高い。
“人より先に医療資材だけでも届ける”という柔軟な医療支援体制の構築は、災害医療の新しい常識となり得る。本実証はその第一歩であり、存在意義は小さくない。
4. ドローン × 歯科医療という新しい組み合わせ
歯科領域とドローン物流は、従来ほとんど接点のない領域であった。
しかし今回の実証では、日本遠隔医療学会の歯科遠隔医療分科会が共同実施者として参加し、監修者には歯科医師であり二等無人航空機操縦士資格を持つ長縄拓哉氏が加わっている。
4-1. 長縄拓哉氏の視点
長縄氏のコメントにある「小さな試みに見えるが、“命をどうつなぐか”という大きな問いがある」という言葉は、医療者の視点がいかに物流過程へも広がりつつあるかを象徴している。
医療者自身がドローンの物流意義に注目し、技術者と連携して実証を行うという構造は、医療DXが新たな段階に入りつつあることを示している。
■ 主な関係者
主催・運営:オーガイホールディングス株式会社
運営支援 :ドローン・アイティー株式会社
(https://www.drone-it.jp/company/profile/)
共同実施:日本遠隔医療学会 歯科遠隔医療分科会
実験監修:長縄 拓哉(歯科医師・医学博士・二等無人航空機操縦士、JUIDA認定)
■会社概要
社名:オーガイホールディングス株式会社(O-Gai Holdings Inc.)
設立:2025年5月19日
所在地 本社:大阪府堺市堺区大町西3丁3-15
未来医療国際拠点:大阪府大阪市北区中之島4-3-51 Nakanoshima Qross 3F
代表者:野田真一、長縄拓哉
URL:https://o-gai.co.jp/
5. ZEROICHI注目理由
本件は、単なる技術実験でも、単なる医療支援策でもない。
ZEROICHI編集部は以下の3点に強い社会的意義を感じ、取り上げるに至った。
5-1. 医療と物流の“境界領域”に新しいモデルを提示している点
医療DXの多くは電子カルテや診療支援AIに集中しがちである。しかし現場が実際に必要としているのは、「必要な物資が必要な場所に届く具体的解」である。本実証は、医療の中でも忘れられがちな輸送課題を真正面から扱っている。
5-2. 災害時の医療支援体制を再設計する可能性を持つ点
災害大国である日本において、医療物流の柔軟性は生存率を左右する要素である。義歯の再製作と輸送という“生活の質”を支える領域に焦点が当てられた点は、非常に独自性が高い。
5-3. 軽量医療物資から始まる「将来の医療ドローン網」を示唆している点
義歯は重量が軽く、構造が限定されるため、ドローン輸送の初期実装として現実的かつ有効である。
ここから血液製剤、常備薬、小型検査キットなどへ拡張する未来像が描きやすい。
本実証は、医療ドローン物流の普及に向けた“入口”として高い価値を持つ。
6. 実証実験の社会的インパクト
6-1. 災害時の医療インフラとして
避難所で義歯を失った高齢者は、食事が困難になり、栄養不足や誤嚥リスクの増大につながる。本実証により、義歯の緊急供給体制が確立されれば、避難所の医療支援体制は飛躍的に改善される。
6-2. 医療過疎地・離島への応用
離島医療の課題は「医師が不足すること」だけではない。物資が届かないことも大きな要因である。ドローンが義歯という生活医療機器を運搬できるという事実は、遠隔医療・訪問医療体制にも大きな影響を与える。
6-3. 歯科医療の役割拡大
歯科医療は「生活機能を支える医療」であり、災害支援の中で注目度が高まっている。義歯輸送という小さな領域から始まる取り組みが、歯科医療と地域防災の新しい接続点を生む可能性がある。
7. 実証を支える三者の構造
- オーガイホールディングス株式会社:本プロジェクトの主催・運営。医療・技術両面の統合を担う。
- ドローン・アイティー株式会社:技術支援。自動航行・BVLOSなどドローン運行技術の専門家。
- 日本遠隔医療学会 歯科遠隔医療分科会:学術監修および医療面の適正性を確保。
医療者と技術者、企業と学会が横断的に協働する体制は、医療DXにおける理想的なプロジェクト構造である。
8. まとめ:小さな物資が示す大きな未来
義歯は小さい。重量も軽い。しかしその影響は大きく、災害時の生活と健康を左右する重要な医療資材である。
今回の実証は、
「最も小さく、しかし最も生活に直結する医療物資を、確実に届けるための挑戦」
として、医療物流の未来を象徴している。
“義歯をドローンで運べるなら、他の医療物資も運べるはずだ”という次のステップが見える点に、本取り組みの意義がある。
実証はまだ第一歩に過ぎないが、これが将来の医療支援網を形作る基礎となる可能性は十分にある。
■原文リリース(参照)
原文リリース発表日付:2025年11月17日
原文タイトル:世界初、災害時に義歯をドローンで運ぶ実証実験を実施 ― ラストワンマイル医療を見据えて ―
原文リリースURL:https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000015.000162719.html
※本記事は、原文から一部編集・要約して掲載しています。
誤解や偏りが生じる可能性のある表現については、原文の意味を損なわない範囲で調整しています。