堀江貴文氏は5月25日、国立国際医療研究センターの上村直実氏を取材。「予防医学」の現状などについて話を聞いた。(初回配信日:2015年5月28日)
ピロリ菌の「陽性・陰性」は血液検査で簡単にわかる
堀江 ヘリコって、自然界だとどういうところにいるんですか? 井戸水とかですか?
( ※ヘリコはヘリコバクター・ピロリの略称で、ピロリ菌のことを指す)
上村 ヘリコは、今の日本では自然環境にはいないと言われています。それは、日本の大学や研究所が全国の井戸水やため池などの水を培養しても出てこなかったからです。だから今、日本では人間の胃の中にしかヘリコはいません。ただ、ネパールやチリなどでは、井戸水から培養できたという報告がありますけど……。
堀江 最近、なくなったというのは、日本の上下水道が完備された影響が大きいんですか?
上村 そう言われています。それしか考えられないので……。日本におけるヘリコの感染率は、20代で10%以下、30代で15〜20%。それが、60代になると50%以上になるんです。年配の人ほど感染率が高い。しかし、これは高齢が原因なのではなく、その人が生まれた時代の衛生環境による。だから、上下水道が完備されていなかった時代に生まれた今の60歳以上の人は感染率が高く、上下水道が整備された以後に生まれた60歳以下の方は感染率が低いんです。
堀江 なるほど。
上村 それから、ヘリコに感染している人は、ほとんどが5歳未満に感染していることが特徴的です。小学1年生の時に感染していない子どもたちを6年生まで追跡調査した結果、その間に感染した児童が1人もいませんでした。それは何故かというと、人間はバクテリアなどが体の中に入ってくると免疫反応によって、それを排除します。しかし、5歳未満では免疫寛容状態のために、それらを受け入れてしまうんですね。
堀江 胃の中で飼ってしまうんですね。
上村 そうです。そうしたことが最近、わかってきました。
堀江 ヘリコ以外の胃がんっていうのは、どれくらいあるんですか?
上村 北海道大学や広島大学などが約3,000例の胃がん患者さんに調査を行った結果、ヘリコの陰性の人は1%もいなかったんです。ですから、たぶんヘリコと関係ない胃がんは0.5%くらいじゃないでしょうか。
堀江 そうなんですか。
上村 ただ、胃がんの患者さんは毎年20万人くらいいらっしゃるんです。そのうちの0.5%というと1,000人ですよね。日本ではヘリコと関係のない胃がんが、毎年1,000人も出てきている。だから、これからはそちらに目を向けないといけないと思っています。
堀江 なるほど。なんで1,000人が胃がんになるのか……。
上村 そうです。ヘリコによる炎症が関与しない、他に原因のある胃がんが次第に増える可能性もあります。ヘリコによる胃がんが、ある程度予防できるようになったら、相対的にそっちのほうが増えていくわけです。
堀江 そうなったら、今度は、そっちをどう予防するかという話になるわけですね。
上村 そうです。それから、今、僕らが最も問題視しているのは、「予防することができるのに、胃がんになる人が毎年約20万人いて、そのうち約5万人が亡くなっている」ということです。今は分子標的薬などの新しい抗がん剤がでていますが、これはがんになってから使用するわけですし、ほとんど治ることはないものです。それも非常に高額だったりする。何度も言いますが「胃がん死は予防できる」んです。
堀江 そうですね。
上村 今、健康診断ではバリウムを使って胃の検査をしていますよね。でも、これは1990年代のエビデンス(根拠)です。内視鏡検査の精度の方が高いのは間違いない。ただ、内視鏡検査を一般の方全員にやるというのは、マンパワーが必要です。そのため血液検査によるリスクによる絞り込みが必要なんです。血液の中の血清抗体価とペプシノーゲン値を調べると「ヘリコが陰性か陽性か?と胃がんになるリスク」が大体わかる。しかも、血清抗体の検査だけだったら、自費診療でも700円程度でできるんですよ。
堀江 安いですよね。
上村 そして、ヘリコが陽性だったら除菌治療をすればいい。ヘリコ感染胃炎に対しては、内視鏡検査が必要ですが、2年前に除菌治療が保険適用になっています。
堀江 すばらしいことですよね。
上村 ようするに、胃がんにならない予防をしたほうがいいし、それができる時代なんです。
堀江 検査をして予防しようという流れを作るというわけですね。
上村 そうです。ただ、それはどうしても医療行政を左右する政治の力に頼るところが大きくなります。
堀江 国の制度改革みたいなところに話をつけないと難しいということですね。
上村 その通りです。
上村直実(Naomi Uemura)
国立研究開発法人国立国際医療研究センター理事、国府台病院長(当時)。1951年生まれ。広島大学医学部卒業後、広島大学病院、呉共済病院などを経て、国立国際医療研究センター理事・国府台病院長に。ヘリコバクター・ピロリ菌と胃がんの発症リスクとの関係を突き止めた臨床研究で知られる。日本ヘリコバクター学会副理事長、日本消化器病学会理事、日本消化器内視鏡学会理事、早稲田大学客員教授、北海道大学大学院客員教授。