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AIブームの裏に潜む「電力危機」と次世代半導体の必要性 – スピントロニクスとは何か?

生成AIの普及により、半導体に求められる性能は「年率10倍」という驚異的なスピードで進化を続けている。しかし、その代償として膨れ上がる「消費電力」が、今や地球規模の課題となりつつある。このままでは2045年、世界中の全エネルギーを注ぎ込んでも足りなくなる――。そんな絶望的な試算が現実味を帯びる中、この難題に終止符を打つ革新的な技術に挑んでいるのが、東北大学の遠藤哲郎教授だ。

鍵を握るのは、電子の「電荷」だけでなく、磁石の性質である「スピン」を同時に活用する「スピントロニクス」。本記事では、堀江貴文氏との対談を通じ、スマートウォッチの電池寿命を劇的に伸ばし、さらには社会の見守りシステムの常識さえも塗り替える、日本発の次世代半導体「MRAM」の圧倒的な可能性に迫る。

・その2:キラーアプリは「宇宙」と「監視」?——エッジAIが変える未来の社会実装

・その3:SAR衛星のゲームチェンジャーに。宇宙放射線にも強く、消費電力を激減させる「魔法のチップ」

話す遠藤教授
出典:ホリエモンチャンネル

東北大学 国際集積エレクトロニクス研究開発センター センター長・教授 同大大学院工学研究科 電気エネルギーシステム専攻 遠藤哲郎教授(以下、遠藤):半導体のコンピューティング性能をどれだけ上げなきゃいけないか、という話なんですけど。1950年くらいからコンピューターが生まれて、ずっと2年で2倍、コンピューター性能を上げていけばよかったんですが、2010年くらいから、テスラとかResNetとかAlphaFoldとか、AIやビッグデータを使うお客様が出てきて、「年率10倍のコンピューター性能に上げてください。」と。

急にギアが変わりましたし、生成AIになると年間20倍とも言われています。

ただ、単体性能は微細化してもそんなに消費電力は大きく変わりません。このギャップを埋めるのは大変なので今、データセンターを建て続けている。そうすると電力が足りなくなる。そういう状況なんです。

今「半導体はこれから伸びる」と言われているのは、生成AIを中心にほとんどAI半導体ですよね。

一方で、カーボンニュートラルを達成しなきゃいけない。
エネルギーを減らさなきゃいけない。でも、いっぱい使う。完全にコンフリクトです。

アメリカのSRCが出しているデータがあります。黄色が世界中で作り得る全エネルギー。太陽光や再生可能エネルギーも含めた全体です。赤が、半導体やデータセンター、ICTが使っている電力です。

このままいくと、2045年くらいには世界中のエネルギーを全部つぎ込まないと足りない、という試算です。そうなると、ご飯を食べるエネルギーも残らない。それはありえないですよね。

だからエネルギーポートフォリオ(配分)の問題で、半導体やAIの成長はどこかで止まると言われています。実際、データセンターが稼働できないという話も出始めていますね。

じゃあエネルギーを増やせばいいのかというと、地球環境の問題があります。

最終的に電気は熱になりますからね。今の科学技術だと、地球の体力そのものは増やせないので、グリーンにいくしかない。

試算上、二桁レベルで電力を下げないと辻褄が合わないので、我々は100分の1に下げたい。それを目標にしています。

これは私の原体験もあって。東日本大震災で被災したとき、学生や家族の安否確認をしようとしても、つながらない。つながらないというより、バッテリーがどんどん減っていくわけですね。こんなに脆弱なんだと。

少ないエネルギーでやるべきことをやれる技術がないと、社会インフラとして使い物にならない。それが研究のモチベーションです。

最近のAIも、クイズとか医療画像診断みたいに、判断基準やルールがはっきりしているものはソフトウェアでもできるんです。

でも自動運転のように、隣の車が割り込んでくるかどうかに明確なルールはないんです。しかもリアルタイムで判断しなきゃいけない。今のノイマン型アーキテクチャのままで、ソフトでAIを載せるだけだと、エネルギー効率も悪いし、スピードも出ません。

だからハードウェアから作り直す必要がある。ソフトと連携して、電力を削減しながら新しいAI半導体を作る必要があるんです。

そこで、国際集積エレクトロニクス研究開発センターでは、スピントロニクスを活用した半導体の研究開発を進めています。材料、デバイス、回路設計、チップ実証、さらにはシステム開発まで、日本の技術を生かしながら一気通貫で取り組んでいます。

スピントロニクスとは

スピントロニクス資料
出典:ホリエモンチャンネル

堀江:そもそもスピントロニクスって何なんですか。

遠藤:電子は電荷を持っていますよね。でもそれだけじゃなくて、右回りか左回りかというスピンも持っている。小さい磁石みたいなものです。

従来の半導体は、その電子が持ってる電荷情報だけを使ってきました。一方で、磁気の性質を使ってきたのがハードディスクやテープレコーダー。

今回は、その電荷情報と磁気情報を同時に使おうという考え方で、スピン+エレクトロニクスでスピントロニクスという新しい原理ができたんです。

堀江:なんで今までやらなかったんですか。

遠藤:それを実現できる材料や物理がなかったんです。論文レベルではありましたが、実際に半導体チップの中で使えるくらい大きな信号が取れたり、安定的に動く材料やデバイスがなかった。

そこで東北大学の大野先生が、界面垂直型MTJという新しいマグネティック・トンネル・ジャンクション素子を世界で初めて見出し、電荷と磁気を同時に使える材料と構造を実現したんです。

速い、安い、省エネ。事業化へ

話す堀江
出典:ホリエモンチャンネル

遠藤:従来の半導体は、電荷があるかないかで情報を持ちますが、電荷は放っておくと消える。だから電源を切るとデータは消えます。

しかしスピントロニクスは、電流でスピンの向きを書き換えられる。向き自体は磁石と同じで、電源を切っても変わらないんです。処理が終わったら電源を切っても情報は残ります。

堀江:なるほど。使わないときは消せるわけですね。

遠藤:そうです。簡単に言うと、今の半導体は、使ってなくても明かりをつけっぱなし。でも我々の方式は、使う部屋だけ明かりをつける。動く回路だけ電力を流して、動いていないところは切っちゃうんです。

堀江:SRAMとかDRAMとかCMOSの代わりみたいなものを作っている感じですか。

遠藤:そうですね。そのデータ記憶、演算はCMOSなんですが、結果は電子のスピンの向きで格納してしまうので、電源を切った状態でデータ保持ができます。

堀江:あーなるほど。わかりました。

遠藤:今の CPU はギガヘルツで動いてますので、 1秒間に 10 億回演算できるのに対し、実際は1秒のうち本当に必要な処理は10回あるかどうか、みたいな世界なんです。

例えば画面を見ているときも、人間の目の網膜が反応できるスピードって限界があって、高性能な液晶でもせいぜい100〜200キロヘルツくらい。安いものだと60キロヘルツです。人間はずっと使い続けているつもりですが、それもバシバシ電源を切って電力削減しましょうということです。

堀江:裏で瞬間でしか動いていないってことですね。

遠藤:しかも、従来の半導体はこういったスピントロニクスデバイスとCMOS回路が一体化してるんですけど、メモリが演算をするCMOSロジックの上にメモリが来ますので、 2階建てでできます。 ということは、それだけチップ面積が小さくできるってことは安くできるんです。 

堀江:そうなんですか。

遠藤:ウェハー1枚を作るコストはほぼ一定ですから、チップが小さくなると言うことはそこから何個チップが取れるかで価格が決まる。だから小さくできれば安くなるんです。

堀江:そういう風に考えるんですね。

遠藤:だいたい5分の1から10分の1に小さくなるということは価格もそれぐらいになるということです。

さらに、今の不揮発メモリの代表格はNAND型メモリですけど、それと比べると100万倍速い。MRAMはギガヘルツで動くのですごく早いんです。

電力は100分の1から1000分の1に下がる。
価格も下がる。
スピードも上がる。
しかもAIで求められるのは高速度。

だから事業化に進むわけです。

堀江:へぇー。

なぜ凄い技術でもすぐ普及しないのか?半導体業界の「8〜10年の身体検査」

(画面を見せながら)

遠藤:実際にこれが、先ほどのクリーンルームで製造したチップです。AI物体認識プロセッサーになります。

先ほどのデモでは、システム全体で電力が50分の1から100分の1に下がるとお話ししました。ただし、それはイメージセンサーなど周辺部品を含めた数字です。

では、AIプロセッサー単体ではどうか。

1000分の1です。電力を99.8%削減できています。

さらに、マイコンも同様で、メモリもおよそ100分の1に下がっています。

動作スピードは現在およそ3ギガヘルツ。一方、一般的な不揮発メモリ、例えばハードディスクはおよそ100ヘルツ程度です。1秒間に100回書き換えられればいいという世界です。

堀江:もうスマホに載るべきじゃないですか。

遠藤:そうですね。間もなく、とは思っています。

堀江:間もなく載るんですか。

遠藤:ただ、ここが半導体の難しいところでして。
物がいいからといって、すぐに使われるわけではない。これが半導体の宿命なんです。

半導体は、いわば社会インフラのようなものです。
一度組み込まれると、湯水のように社会のあらゆる所で使われ続ける。

もしそこに不良が出てしまえば、インフラ全体が非常に脆弱になってしまう。

だからこそ、慎重にならざるを得ないんです。この身体検査に通常8年~10年ぐらいかかってしまいます。

その2に続く