生成AIの普及により、半導体に求められる性能は「年率10倍」という驚異的なスピードで進化を続けている。しかし、その代償として膨れ上がる「消費電力」が、今や地球規模の課題となりつつある。このままでは2045年、世界中の全エネルギーを注ぎ込んでも足りなくなる――。そんな絶望的な試算が現実味を帯びる中、この難題に終止符を打つ革新的な技術に挑んでいるのが、東北大学の遠藤哲郎教授だ。
鍵を握るのは、電子の「電荷」だけでなく、磁石の性質である「スピン」を同時に活用する「スピントロニクス」。本記事では、堀江貴文氏との対談を通じ、スマートウォッチの電池寿命を劇的に伸ばし、さらには社会の見守りシステムの常識さえも塗り替える、日本発の次世代半導体「MRAM」の圧倒的な可能性に迫る。
・その1:AIブームの裏に潜む「電力危機」と次世代半導体の必要性 – スピントロニクスとは何か?
・その3:SAR衛星のゲームチェンジャーに。宇宙放射線にも強く、消費電力を激減させる「魔法のチップ」
遠藤:現在ではようやくSSDやハードディスクの置き換えができたんですけど、開発の当時はじゃあ本当にそのNAND型メモリは故障しないのか、と。もしデータが飛んだら東芝さんは保証してくれるんですか、と聞くと、「保険上それは難しい」となるんですね。
いくら社内で検査しても、大量に生産するわけではないので、本当の意味での品質保証は、やっぱり市場を使ってやるしかないんです。
だから、USBメモリやSDカードから始まりました。モバイルストレージなら、マスターデータはハードディスクに残っていますよね。もし壊れても、元データまでは消えない。
「じゃあこれならいいよね」というところからスタートして、市場で十分に検証して、不良品が出ないと確認できてから、ようやくSSDとして本格的に使われるようになる。
クリティカルな領域に入るには、だいたい8年から10年の“身体検査”が必要だというのが、私たちの理解です。
堀江:なるほど。だからUSBメモリやSDカードから始まったわけですね。
遠藤:CMOSもそうでした。NMOSとPMOSを組み合わせると、トランジスタを2つ使うことになりますよね。それだけ製造工程が増えるから、不良品が出るんじゃないかという懸念がすごくあった。
最初に使われたのはクオーツ(Quartz)の腕時計と卓上電卓です。壊れても、生き死にに関わらない。
堀江:うん。
遠藤:だから今回も同じで、MRAMも最初はスマートウォッチから入っています。現代版の腕時計ですからね。壊れたら困るけど、命に直結するわけではない。
2018年から量産が始まって、もう7年目ですから、そろそろ「だいたい大丈夫だよね」というフェーズに入ってきています。
堀江:市場はそんなに慎重なんですね。
遠藤:本音を言えば、スマートフォンやデータセンターに早く載せたいんです。しかしスマホが壊れるというのは、今の時代ほとんど生活インフラが止まるのに近いじゃないですか。電子決済も含め、日常の基盤になっていますし、自動車も同様で、事故に直結する可能性があります。データセンターが停止すれば病院など社会機能に影響が及びます。
だからこそ、一定期間の“身体検査”が必要になるんですが、だいたい2027年から28年あたりでその検証期間が終わるイメージで、各社はそこに向けて準備を進めています。今はスマートウォッチや工業用センサーネットワークといった分野で着実に実績を積んでいる段階です。
堀江:逆に言うとチャンスですよね。
遠藤:そうですね。これから売り上げが伸びていきますから。
労働市場調査会社の予測では、2032年ごろに量産マジョリティ製品に入り、5〜6年後には3兆円市場になると言われています。
どこが勝つのか

堀江:どこが勝つんですかね。どういうロジックで勝っていくのかという点に興味があります。
遠藤:まずひとつは、混載メモリロジックの中に組み込まれる組み込みメモリ。そうなると、TSMCやラピダスのような製造受託会社の中で使われることになります。ただ、こういう世界は1社独占にはならない。必ず保険をかけて2社、3社を使います。価格競争もありますから。なので上位3社が取る、という構図だと思います。
もうひとつはスタンドアロンメモリ。単体メモリメーカーですね。国内だとキオクシア、海外だとサムスン、SKなど。このあたりは当然やっています。
DRAMのような既存技術は特許が切れてきているので、中国メーカーもかなり入ってきています。だからこそ、MRAMのように低消費電力で高速な技術で特許を取り、差別化する。そこが基本的な戦略です。
堀江:御社のお客さんはどんな方々ですか?
遠藤:PowerSpin(パワースピン)ですね。PowerSpinのお客さんは、いまのところほとんどが半導体メーカーです。
それに加えて、半導体のユーザー。ユーザーレベルで、単にコストを下げるという話ではなく、半導体チップの動き方そのものが変わる技術なので、ソフトウェアやシステム全体の設計思想も変わってきます。そういう意味で、ユーザーメーカーの方々とも話をしていますね。共同開発を進めながらライセンスという形で導入しつつ、自社開発にも活かしていく、という動きです。
おかげさまで、具体的なお引き合いは10社程度いただいています。
堀江:人工衛星向けの半導体にも強い関心があります。
遠藤:そこは今、もちろん三菱重工さんのような大手もありますが、今はJAXAさんと取り組んでいるフェーズです。
堀江:うちのロケットも、来年には打ち上がる予定なんです。お客さんの衛星も載るんですけど、「そこに何を載せるか」という話になるんですよね。せっかくなら、意味のある実証をしたい。宇宙戦略基金のような枠組みもありますし、実証できれば新製品開発にもつながります。
遠藤:実際に載せていただけるなら、ぜひ一度詳しくお話ししたいですね。
Google TPUと比べても「2000分の1」

遠藤:ちなみに、私もPixelを使っているので、Tensorプロセッサーとは比較していますけど。
堀江:はい。
遠藤:GoogleのTPUと比べるとどうなのか。あちらは先端CMOSベースなので、完全な直接比較はできませんけど、それでも同じ動作条件で消費電力を比較すると、約2000分の1まで下がっています。
いまは写真処理も一度クラウドに上げて、処理して、また戻す。でもそれはバッテリーが持たないので、もし2000分の1の電力で処理できるなら、クラウドに上げる必要もなくなります。
堀江:エッジAIでほとんど電力消費しないんだったら素晴らしいですよね。
遠藤:そういう世界が見えてきます。
電力不足という課題
遠藤:NANDも1993年に量産が始まりましたが、最初は信頼性の問題でハードディスクには使えなかったんです。そこでモバイルから入り、約10年かけて本来のストレージ用途に広がりました。
それと同じで、MRAMは2018年に量産が始まっています。たった3年間で工業製品に使われ始めたというのは、NANDと比べるとかなり早いペースなんですけど、市場予測では、2032年ごろには3兆円規模になると言われています。ちょうどスマートフォンやデータセンターと言った分野も本格的に参入するタイミングです。特にいま電力に困っている分野は、コストを払ってでも導入したいはずです。
堀江:(スマホとデータセンター)両方ですよね。いまは電力不足が深刻で、「いっそ宇宙にデータセンターを作ろう」という話まで出ています。それくらい電力はボトルネックになっている。
遠藤:一方で、すでに民生分野にも入っています。Fitbitなどにも使われていますし、Ambiq(アンビック)やHuaweiのGTシリーズにも入っているんです。
堀江:だからこんなにバッテリーが持つようになってるんだ。
遠藤:そうです。実は、目立たないところでMRAMが貢献しているんです。
堀江:スマートウォッチの電池が急に長持ちするようになって、「なんで?」と思ってました。僕はGarminのEnduroを使っているんですけど、GPSを使っているのに10日くらい持つんです。
遠藤:実はGPSの位置情報の取得は常時ではなく、だいたい1秒に1回程度。バイタルデータも1秒か2秒に1回です。今までの設計では、その間も回路は動き続けて電力を消費していました。
しかし、MRAMを使うと、GPSを取る瞬間、バイタルを測る瞬間だけピッと起きて処理し、すぐにスリープに戻れる。瞬間的に立ち上がって、処理して、また眠る。その積み重ねが、電池の持ちに効いているんですよ。
堀江:なるほど。