生成AIの普及により、半導体に求められる性能は「年率10倍」という驚異的なスピードで進化を続けている。しかし、その代償として膨れ上がる「消費電力」が、今や地球規模の課題となりつつある。このままでは2045年、世界中の全エネルギーを注ぎ込んでも足りなくなる――。そんな絶望的な試算が現実味を帯びる中、この難題に終止符を打つ革新的な技術に挑んでいるのが、東北大学の遠藤哲郎教授だ。
鍵を握るのは、電子の「電荷」だけでなく、磁石の性質である「スピン」を同時に活用する「スピントロニクス」。本記事では、堀江貴文氏との対談を通じ、スマートウォッチの電池寿命を劇的に伸ばし、さらには社会の見守りシステムの常識さえも塗り替える、日本発の次世代半導体「MRAM」の圧倒的な可能性に迫る。
・その1:AIブームの裏に潜む「電力危機」と次世代半導体の必要性 – スピントロニクスとは何か?
・その2:キラーアプリは「宇宙」と「監視」?——エッジAIが変える未来の社会実装

遠藤:ところで、アイリスオーヤマさんと一緒に取り組んだ「検温カメラ」があります。
検温カメラは通常、高性能な機種でも1秒間に処理できるのは5〜20人程度です。
実は検温処理は非常に負荷が高いんです。画角内から人物を検出し、顔を特定し、さらに額を抽出して赤外線の温度分布と照合する。しかも動いている被写体に対して座標ズレも補正しなければならない。
しかし我々のチップを使うと、実測で1秒間に170人を処理できました。個人認証まで含めても40人です。
堀江:それはすごい。
遠藤:JRのラッシュやイベントでも使えます。イベントに参加した方がどういうルートを辿ったか、など動線分析もできます。
堀江:これは警察とか犯罪者の情報にも使えますか?
遠藤:そうなんです。
これは昨年CEATEC AWARDをいただいたものなんですが、今回、MRAMを使って初めて本格的なAIチップをトヨタのTier 1企業であるアイシン様と共同開発しました。
そのチップを、社会見守りシステムなどを手がけるNEC様のシステムに組み込んでいます。
(デモ映像をみながら)
画角の中に入ってきた人を認識して、ずっとトラッキング(追跡)していきます。画面の下に映っている小さな人影まで、確実に見つけてディテクト(検出)しているんです。
いわば、AIを活用した“見守り型”のシステムです。
性能自体は従来と同じですが、これまでのシステムだと電力をずっと流しっぱなしにする必要がありました。それに対して、スピントロニクスを使うと、もともとの消費電力が少ないうえに、使っていない時には電源をこまめに切れる。システム全体で見ると、電力が30分の1にまで落ちるんです。
NVIDIA GPUの設計

堀江:これ、GPUのようなものなんですか?
遠藤:そうです。チップとしては、GPUの次の世代と言われているニューラルネットワーク型の設計です。
堀江:ああ、TPUみたいな。
遠藤:そうですね。TPUのようなアーキテクチャを意識して設計しています。
堀江:すごいですね。ライブラリーレベルではどんなソフトを使っているんですか。
遠藤:今回、設計にはNVIDIA GPUを使っています。
私たちは大学で内部ソフトを作ってニューラルネットワークの最適化をしているんです。
堀江:じゃあ、CUDA(ソフト)の下のレイヤーを自分たちで作っている、と。
遠藤:その通りです。
堀江:そんなことができるんだ。
遠藤:大学の研究機関だからこそ、踏み込んで作れるところはありますね。
これを会社として「品質を保証できるか」となると、かなり重たい作業になります。
堀江:保証というのは?
遠藤:お客さまに対して、想定外の挙動が起きた場合でも絶対に問題がない、と言い切れるかどうか。品質保証の責任を負うとなると、製品化のハードルは非常に高くなります。
堀江:パテント(特許)的には大丈夫なんですか?
遠藤:その点は大丈夫です。契約の範囲内で活動しています。
堀江:つまり(世界基準の)NVIDIAのGPUにあたる部分を別で作っていて、ハードウェアとCUDAの接合部分も自分たちで作っているんですか?
遠藤:はい。さらに一歩進んで商業的に売り物にするならNVIDIAとの対話も必要ですが、今はアカデミアの研究段階なので契約の範囲内で出来ています。知財上の問題は出てきません。それに、我々の特許をむこうが欲しがるぐらいになればうれしいです。
堀江:なるほど。じゃあライセンス問題を起こさずに、NVIDIAのGPUの部分を、自分たちのチップに置き換えちゃうわけだ。
遠藤:そこは少し誤解があるかもしれません。NVIDIAのGPUは、あくまで「どういう設計がベストか」を導き出すための計算機として使っただけなんです。
堀江:あーそういうことか! 設計図を作るためにGPUを使った、と。
遠藤:そうです。出来上がったニューラルネットワークチップ自体は、NVIDIAとは全く別のところで、私たちがゼロからハードウェア化して作っています。
堀江:じゃあ、中を動かすソフトウェアは?
遠藤:中のLinux OSも自分たちで内製しています。Android互換のオープンソースの枠組み(AOSP)を使いながら、そこはルールを守って作っています。
堀江:そのチップを直接制御しているんですか?
遠藤:制御自体は普通のOS経由です。OSにAPIでアクセスする作りで、やり方は一般的なSoCと同じです。
堀江:じゃあ、この中にニューラルネットワークが全部入っている?
遠藤:チップの半分ほどがニューラルネットワーク回路で、残りがARMコアです。メモリも含めてSoC(System on Chip)になっていて、これ一つでコンピューターとして動きます。
堀江:もう回路がこの中で完結しているわけですね。
遠藤:そうです。ワンチップで完結しています。
堀江:インプットとアウトプットはどうなるんですか? カメラ映像を入れて、ここで処理する?
遠藤:入力はカメラ映像です。例えば60FPSの4K映像が入ってきます。それをチップ内で処理し、出力としては結果だけを返します。
堀江: 結果というのは?
遠藤:例えば、誰が発熱しているかというフラグや、その温度データです。いわばメタデータのテーブルが出てきます。
堀江:つまり顔認識に特化したチップなんですね。
遠藤:顔認識というよりは物体認識に特化したチップです。
堀江:そういうの、作れるんですね。僕は作ってほしいです。
SAR衛星を変える可能性
堀江:僕がいま宇宙分野で思いつくのは、SAR衛星ですね。地球にマイクロ波を投げて、その反射をスキャンする仕組みです。昔は「だいち」みたいな巨大な衛星で面でバシッと撮影していましたけど、いまはSAR(合成開口レーダー)という仕組みで、スキャンしたデータを合成して一つの大きな映像にする。これで小型衛星でも観測ができるようになった。
ただ、これの一番の問題は、やっぱり電力消費が大きすぎることなんですよね。電波を出し続けるので、膨大なエネルギーがいる。
僕は、多分、スキャニングの周波数というか、どれぐらいのサンプリングレートで撮るのか、みたいな話だと思うんですけど。
今の話を聞いていると、撮る時だけ動いて、撮らない時は止める、みたいなことができるわけですよね?
遠藤:そうなんです。しかも宇宙放射線にも強いです。
堀江:それができれば、電力消費は相当抑えられそうな気がしますよね。
遠藤:まさに、そういうアプリケーションを一生懸命探しています。
堀江:それができたら、SAR衛星の世界のゲームチェンジャーになりますよね。
遠藤:なりますか?
堀江: なりますよ! もし本当にそれができるなら、うちの会社(ロケット開発等)でもやる意味は十分ありますね。
遠藤:コンセプト的には、決して閉じているわけではないですから。今後はデータセンター向けのI/O(入出力)なんかも手がけていくつもりです。
堀江:まあ、でもNTTさんの(光通信の)話とかね、あれは私も関わらせてもらって……いろいろありますけど。
資金の使い道

遠藤:(パワースピンで調達した資金は)いま、ほとんど銀行の預金になっています。
堀江:あ、そうなんですか。だけど、調達しちゃったんですね。これだけ資金があったら、チップだけでなく、その先のアプリケーションまで作れちゃうじゃないですか。
遠藤:一番はご存じのようにジャフコ(JAFCO)さんや、メガバンク系(レベル)の三菱UFJさんが最初に入ってきて、その後にトヨタ系のスパークス(SPARX)さん、あとはJIC(産業革新投資機構)ですね。
我々の次のこのお金は、投資(設備投資)というよりは、やっぱり今、お客様が海外ですので。そのための海外展開ですね。海外拠点の会社を作るか、あるいは現地と協力していくための資金だと思っています。
我々は自分たちで工場を建ててやるような会社ではないので。あまり固定資産を持たない、いわゆる「軽い会社」ですね。
堀江:なるほど。ちなみにさっきのSAR衛星(合成開口レーダー衛星)の話ですけど、もしこのチップで消費電力が抑えられると、稼働時間がめちゃくちゃ増えるんですよ。
遠藤:ああ、そうですよね。
堀江:衛星って太陽電池パネルで蓄電しているじゃないですか。このチップを使えば、蓄電池の容量不足の問題も一気に解決するというか、余裕ができる。
遠藤:はい。
堀江:実はSAR衛星を研究されている先生から言われたのが、「宇宙太陽光発電で発電衛星を作って、そこからマイクロ波レーザーで送電してくれたら(電力が足りて)いいんだけどな」という話だったんです。でも、そもそも「送電してもらう前に、自分たちの電力消費を抑えられるか」が重要ですよね。
遠藤:そうですね。バッテリーも重たいですしね。
堀江:本日は本当にありがとうございました。