堀江貴文氏は2020年の12月に筑波大学の櫻井武教授を取材(冬眠状態で救命率が上がる!?【筑波大学・櫻井武教授が語る「人工冬眠」 その1】)。冬眠や宇宙旅行、救急救命などについて話を聞いた。あれから約2年、その後の冬眠研究の進化とは?
- その1 光操作での冬眠誘導が実現可能に。光のスイッチとなるのは「Q神経」
- その2 NASAも注目の人工冬眠。JAXAとの共同研究、宇宙ステーションでの今後の試みに期待←今回はここ
- その3 人間が人工冬眠してタイムリープする未来へ。現実にクリアしないといけない問題とは?
NASAも注目の人工冬眠。JAXAとの共同研究、宇宙ステーションでの試みに期待
櫻井 あと「クマの冬眠とリスの冬眠が本当に同じものなのか」という疑問もあります。先ほど、リスやハムスターは11週間から10日周期で復温すると言いましたけど、クマにはそれがないんですよ。
堀江 え、そうなんですか。
櫻井 さらに、リスやハムスターは冬眠中はまったく活動をしませんが、クマは冬眠中に出産したり、授乳したり活動をしているんです。ですから、冬眠といっても状態はかなり違います。
堀江 それはなぜですか?
櫻井 理由は合目的性から説明されていて、リスやハムスターは体が小さいじゃないですか。小さいと体の容積に対して、相対的な体表面積は大きくなりますよね。
堀江 はい。
櫻井 だから、体の熱がどんどん逃げてしまう。それで、エネルギーを節約するためには体温を外気温と同じくらいまで下げないと効率的ではない。一方でクマは体が大きいから相対的に体表面積は小さい。そこまで体温を下げなくてもエネルギーの節約が十分にできるんです。
堀江 なるほど。
櫻井 だから、人も体が大きいので、冬眠する場合はクマ型の冬眠というのがひとつの方法ではあるんです。
堀江 でも、今はそれがどうやってコントロールされているのかわからないんですよね。
櫻井 わからないです。ただ、Q神経のようなもの、もしかしたらQ神経かもしれませんが、そこに他の神経系からの制御がかかっている可能性は高いと思います。
堀江 神経系の制御というと?
櫻井 神経は、シナプス(神経細胞間などのシグナル伝達接合部)のシグナルが興奮性か抑制性かで、興奮したり抑制したりしています。それで、Q神経を調べてみると、常時、かなり強烈な抑制が入っている。普段はほとんど使っていないんです。だから、僕らは睡眠時以外はいつも覚醒状態にいる。冬眠みたいなことにならないようになっています。
堀江 へー。
櫻井 この制御が脳のどの領域から行なわれているのかを明らかにする必要があるんです。
堀江 まだまだ、いろいろやらなきゃいけないことがあるんですね。今、どれくらいの人数で研究を進めているんですか?
櫻井 うちの研究室は20人くらいいるんですが、Q神経に関する研究をやっているのは数人です。
堀江 世界的にはどうなんですか?
櫻井 世界でも注目しているグループの数は少ないと思います。
堀江 それは、なぜですか?
櫻井 新しい分野だからです。そして、人工冬眠は生命現象としても面白いんですが、将来、人類が火星に行くためなど応用のことを考えると、「NASA(アメリカ航空宇宙局)」や「ESA(欧州宇宙機関)」のほうが注目していますね。
堀江 やっぱり、NASAも注目しているんですね。
櫻井 NASAはもう10年くらい前から冬眠に注目しています。ただ、体の表面に冷却装置をつけるとか、鼻腔から冷やすみたいな形で、外側から体を冷やそうとしているんですよ。
堀江 動物の生態を真似するような研究はしていないんですか?
櫻井 していないですね。強制的に体温を下げれば代謝も下がるので、それでいけると考えているのではないでしょうか。でも、それだと脳は復温させようと働くので、体の状態と脳が求める状態にミスマッチが起こって、単なる低体温症を作っているだけになる。そうすると、かなり危険な状態ですよね。
堀江 「JAXA(宇宙航空研究開発機構)」はやってないんですか?
櫻井 一応、JAXAとは共同研究をしていて、2年後くらいを目標に「国際宇宙ステーション(ISS)」にマウスを持っていって冬眠状態に誘導しようかと思っています。
Text=村上隆保
櫻井武(Takeshi Sakurai)
1964年、東京生まれ。筑波大学医学医療系教授、筑波大学「国際統合睡眠医科学研究機構」副機構長。1998年、覚醒を制御するペプチド「オレキシン」を発見。2020年、冬眠様状態を誘導する新しい神経回路を同定。研究テーマは「覚醒や情動に関わる機能の解明」「睡眠・覚醒制御システムの機能的・構造的解明」など。