新型コロナワクチンの開発で有名な米「モデルナ(Moderna)」社は、2023年1月、ライフサイエンス企業「オリシロジェノミクス」社を8500万ドル(約110億円)で買収すると発表した。末次正幸氏は、オリシロジェノミックス社の共同創設者兼チーフサイエンティクオフィサーとして、無細胞DNA合成技術や増幅技術などを発明している。
堀江氏は、末次氏の研究室がある立教大学理学部を訪問し、DNA情報から生命をデザインする「合成生命学」とDNA増幅技術について話を聞いた。
- その1 酵素反応で細菌ゲノムを増幅させていく「合成生物学」の凄さとは?
- その2 創薬プロセスの常識が変わる!? DNA情報から薬を作ることが実現可能に←今回はここ
- その3 ❝終わった研究❞からmRNAワクチン開発、そしてその先へ
創薬プロセスの常識が変わる!? DNA情報から薬を作ることが実現可能に
堀江 この技術はもっとすごくなるんですか?
末次 今、お話ししたのはDNAを増やす技術の部分ですが、その前の工程としてDNAを長くつなぐ技術があります。そこをもっと高速化することを考えています。例えばパンデミックが起こった時に、そのウイルスのシーケンス(遺伝子配列)を読んでDNAを作れば、すぐにmRNAワクチンが作れます。そのためにDNAを素早く作る技術が重要になってくるんです。
堀江 なるほど。
末次 あとは、mRNAはウイルスに対するワクチンだけではなくて、いろいろな病気に対する抗体を作ることもできるので、それぞれの病気のDNA情報などがわかれば、それに合わせて薬を作ることができるようになるかもしれません。
堀江 それが簡単にできると?
末次 はい。ですから、これまで考えていた創薬プロセスとは違って、DNA情報から薬をつくるというイメージです。
堀江 それがラボ(研究所)レベルでできる?
末次 はい。作ろうと思えば、作れます。
堀江 インフルエンザワクチンも、mRNAを使ったワクチンの開発の話が出ているじゃないですか。
末次 そうですね。
堀江 10年くらい前に新型インフルエンザが流行したとき、僕、新型インフルエンザにかかったんですよ。毎年、インフルエンザワクチンを打っているんですけど、その年に限ってクリニックの先生から「堀江さん、すみません。今年は堀江さんに打つことができません」「えっ、どうして?」「今年は、お年寄りや子供に先に打ったので、なくなっちゃったんです」って言われたんです。
末次 インフルエンザワクチンは卵からつくっているので、数量が限られているんですよ。
堀江 そうなんですよ。それで、「俺、毎年打ってるのに、こういうときだけ接種してくれないなんて、ひどい話だな」って思いました。でも、mRNAを使ったワクチン開発ができれば、そういうこともなくなりますよね。
末次 そうですね。
堀江 ところで、末次さんは、なんでこの研究を始めようと思ったんですか?
末次 僕自身は、薬や医療ということは考えていなくて、「生命とは何か?」「生命はつくれるのか?」といったところからスタートしているんです。で、生命の定義って「自己複製」することですよね。で、自己複製のために最初にやることは、自分のゲノムのDNAを増やすことなので、その増やす仕組みを試験管の中で再現してみようと思ったんです。
堀江 最初の生命はRNAから始まったという説もありますよね。
末次 そうですね。ただ、RNAは壊れやすいので扱うのが難しいし、複製したときにエラーが多いんですよ。
堀江 そうなんですか。
末次 でも、初期の生命はエラーが多くてもいいんです。エラーが起こることが進化の原動力となって多様性が生まれるので。でも、同じ生命を正確につくろうとしたらDNAじゃないと難しい。
堀江 それは、DNAが二重らせん構造になっているからですか?
末次 二重らせん構造になっているのは、ひとつの大事なポイントではありますね。
堀江 でも、RNAでも二重らせん構造になっているのもありますよね。
末次 ありますけれども、壊れやすいんです。RNA(リボ核酸)はDNA(デオキシリボ核酸)よりも酸素原子がひとつ多い。それで、その酸素分子が自分自身を攻撃してしまうんです。
堀江 そうか。“デオキシ(水酸基/-OHがない)”されていることが大事なんだ。
末次 はい。デオキシされているから安定していますし、そのため生命は長いDNA情報を持てるようになりました。それで、どんどんいろいろな機能を持つ生き物が現れ、進化していったというわけです。
Text=村上隆保
末次正幸(Masayuki Suetsugu) 立教大学理学部生命理学科教授
1976年生まれ。佐賀県出身。1999年、九州大薬学部卒業。2005年、九州大学大学院薬学研究院薬学府にて博士号を取得。その後、九州大学大学院薬学研究員助教、立教大学理学部生命理学科准教授を経て、2020年、立教大学理学部生命理学科教授に。2018年12月にライフサイエンス企業「オリシロジェノミクス」を設立。