地上からではなく、宇宙からロケットを“引っ張り上げる”。そんな革新的な発想で注目を集めているのが、東北大学 大学院工学研究科 高橋聖幸准教授が研究する「トラクターミリ波ビーム」だ。燃料を使わずにロケットを加速させる“無燃料推進”の新技術として、レーザーに続く切り札とされるミリ波。堀江貴文氏との対談から、“宇宙の常識”を変えるこの技術の全貌に迫る。
次なる挑戦──“ミリ波ビーム推進”とは何か

高橋聖幸(以下、高橋) ここからは“ミリ波”を使ったビーム推進の話になります。堀江さんは核融合実験炉の「ITER(イーター)」はご存知ですか?
堀江貴文(以下、堀江) はい。
高橋 ITERでのプラズマ加熱には「ジャイロトロン」(高強度のマイクロ波、ミリ波を発振出来る大型の電子管)を使っています。そこで、ハイパワーのジャイロトロンでミリ波ビームを作ってロケットの底部に向かって撃つと推力を与えることができます。しかも、ミリ波発振器はレーザー発振器と比べると製造コストが低い。ただこれまでのミリ波ロケットは、地上からミリ波を撃った時に1回目の照射で生成されたプラズマが2回目の照射の時にもロケットの内部にまだ少し残ってしまうんです。この残留プラズマはロケット内部から地上に向かって排気されるのですが、地上からは新たなビームが照射されてきます。するとプラズマ排気流と下流からやってくるビームとが干渉するんです。これを2回、3回、4回……と繰り返していくとどんどんパフォーマンスが落ちていく。じゃあ、どうすればいいかというと、地上からロケットの底部に撃っていたミリ波を天空からロケットの先端に向かって撃てばいいのではないかと考えました。プラズマはロケット下流に向けて排気され、新たなビームは上流から供給されるので、プラズマ排気流とビームとが干渉しません。ミリ波ビームによってロケットを引っ張り上げるようにすれば問題は解決するんじゃないかということでシミュレーションと実験をやってみました。
堀江 どうだったんですか?
高橋 シミュレーション上はうまくいっていたんですが、実際に実験をやってみるとうまくいきませんでした。機体が円錐コーンのようなデザインだったのですが、機体のコーン先端部分でプラズマが着火してしまい、プラズマがロケットを後ろに押してしまうんです。使っているビームは、中心軸で最も高い電磁エネルギーを持っているので、なおさら機体先端で予期せぬ着火が起こりやすいことがわかりました。
天空からロケットを“引っ張り上げる”発想

堀江 で、どうしたんですか?
高橋 中心軸に電磁エネルギーが集まらないようにするために、ミリ波をドーナツ状に変形させる「らせん位相版」を機体の前に埋め込みました。すると、異常着火を回避してうまく推力が得られたんです。これが実用化できると、例えばミリ波ビーム源を積んだ人工衛星が天空からロケットを引っ張り上げるということができます。これだと地球だけでなく、例えば火星など地球外惑星からロケット打ち上げを実現できる可能性もあるんです。
堀江 そのミリ波を出す衛星は、ロケットに最大のペイロード(積載量)を載せた時も飛ばすことが可能なんですか?
高橋 そこが今、一番のポイントです。ただ、太陽光エネルギーをミリ波に変換する宇宙太陽光発電衛星というのがあって、それはギガワットのミリ波を作り出せるようなものが計画されています。この宇宙太陽光発電衛星を作れればそれは可能だと思います。
堀江 ミリ波ビームは、100㎞上空を飛ばす地球低軌道衛星の飛行高度維持もできるんですか?
高橋 レーザー推進と同じで、ミリ波ビームを使ってロケットを打ち上げるよりも地球超低軌道衛星(VLEO=高度100–400 kmの衛星軌道)の飛行高度維持のほうがはるかにビーム出力のハードルが低いです。衛星の飛行を維持するだけなのでロケットを天空に持ち上げるためのエネルギーが必要ありません。衛星の飛行を維持するために必要なパワーを具体的に見積もると約30メガワットでした。しかもミリ波はレーザーと比べると技術的にハイパワー化しやすくて、ITER 用に1メガワットのミリ波ビーム源が既に開発されています。これを30基並べればできてしまいます。
堀江 でも、地上から100㎞上空の衛星にミリ波を撃ってパワーは減衰しないんですか。
高橋 波長を選べば空気中の水分や粒子の散乱や吸収をあまり受けず、減衰しません。ただ、ミリ波の場合は発散が問題になります。ですから、ミリ波をうまく高度 100 km に向かって集光する必要があります。逆にレーザービームのほうは100㎞上空でも発散せずに届きます。
堀江 さっきの話だと、ミリ波の方がコストが良いということでしたけど、地球低軌道衛星の飛行高度の維持は別にレーザーでもできるんですよね。
高橋 はい。レーザーは長距離伝送できるので、ビーム源のコストのことを考えずに伝送だけならレーザーのほうがいいかもしれません。
堀江 そういった研究は世界ではやっていないんですか?
高橋 アメリカなどではミサイル迎撃という目的でやっています。
宇宙だけでなく、地球防衛にも応用可能?

堀江 そうか。これはミサイル迎撃用の技術に応用できるんですね。100㎞先の人工衛星にエネルギーを供給できるなら、100㎞先のミサイルを撃ち落とすこともできる。
高橋 そうですね。
堀江 あと、スペースデブリ(利用が終わった衛星などの部品や破片)を落とすこともできますよね。
高橋 はい。
堀江 そして、それは敵国の人工衛星を破壊する目的に使うことも可能ですよね。ロシアや中国が自国の人工衛星の破壊実験をやったんですけど、それによってスペースデブリは増える。また、「破壊した自国の人工衛星の破片でアメリカのGPS衛星を破壊しようとしたんじゃないか」などと国際的な非難も浴びましたよね。表向きは「スペースデブリを落とします」ということでやって、実は敵国の人工衛星を壊す目的があったと。
高橋 そうなんですね。
堀江 これはもう、スペースデブリを撃ち落とす技術の研究という名目で研究費をもらって、実はこの技術でロケットへのエネルギー供給もできますというほうが予算がつきやすいんじゃないですか。
高橋 なるほど。そうかもしれません(笑)。
最大の壁はビーム源のコスト、それでも「夢のない話ではない」

堀江 でも、今、お話を聞いているとそんなに難しい技術じゃないような気がするんですけど、何が一番のハードルなんですか? だって、メガワット級のレーザービームはすでにあるわけですよね?
高橋 いや、メガワット級のジャイロトロンはありますが、レーザーはないんです。世界的にも100キロワットくらいで止まっているんですよ。
堀江 それはなぜですか?
高橋 理由はわかりません。ハイパワー化するのは難しくないはずです。例えば1キロワットのレーザーをたくさん並べればいいだけの話ですし、クラスター化する技術も実証できています。強いて言えば、現在のハイパワーレーザーの主な用途がミサイル迎撃で、それには100キロワットあれば十分だから、かもしれません。
堀江 1キロワットのレーザー発生源にはどんなものがあるんですか?
高橋 例えば、ファイバーレーザーなどです。
堀江 ファイバーレーザーって、医療分野とかでも使われているものですよね。普通に売っていますよね。
高橋 売ってますね。
堀江 メガワットクラスのレーザーを作ろうとしたら、お金はいくらくらいかかると思います?
高橋 250ワットで5,000万円くらいだと思うので、1キロワットで2億円。1メガワットで2,000億円くらいですかね。
堀江 1メガで2,000億円か……。100㎞上空に地球低軌道衛星を飛ばすには30メガワットのレーザーパワーが必要だということですが、もっと少ないパワーでも可能だったりするんですか?
高橋 それは結局、エンジンの性能次第なんですよ。さきほどの30メガワットの試算は少し前のもので、今はその時の設計よりも10倍効率がいいものができているので、3メガワットでもいけるかもしれません。
堀江 すると、3メガワットのレーザーを発振ために必要な電力はどれくらいになりますか?
高橋 電力からレーザーへのエネルギー変換効率が30%いかないくらいですが、ざっくりと10倍で計算するとして、必要電力は30メガワットですね。
堀江 まあまあでかいですね。どれくらいの時間照射するんですか?
高橋 人工衛星一機にビームを照射する時間は軌道一周あたり5分ほどです。多数の衛星の軌道を維持する場合は常にビームを照射し続けることになるので、電気代、つまりランニングコストはかなりかかるかもしれません。
堀江 すると、宇宙太陽光発電とかのほうが良さそうですね。太陽電池パネルはどれくらいの出力があるんですか?
高橋 1m×1mで100ワットくらいです。
堀江 10m×10mで100キロワット、100m×100mで1メガワット。結構な大きさですね。エンジンの技術的にはある程度のメドがついても、結局、ビームやエネルギー源のコストの話になるわけか。
高橋 そうですね。燃料を使わずにロケットや衛星に推進力を与えるビーム推進の鍵は「どれだけ必要なビーム出力を抑えられるか」だと思っています。でも、エンジンの性能がもっと高くなればなんとかなる。夢のない話ではありません。
堀江 確かにそうですね。いやー、ビーム推進の話はとても面白かったです。ありがとうございました。
高橋 こちらこそ、ありがとうございました。
Text:村上隆保
高橋聖幸(Masayuki Takahashi)東北大学 大学院工学研究科 航空宇宙工学専攻 准教授。
1989年生まれ。静岡県出身。東北大学大学院 工学研究科 航空宇宙工学専攻修了後、東京大学にて日本学術振興会特別研究員PD、東北大学大学院助教、フランス・トゥールーズ第3大学ポールサバティエ客員研究員を経て、現職。