10年以上にわたり胃がん予防を研究し、日本ヘリコバクター学会の幹事でもある認定医・間部克裕医師と堀江貴文の対談。前編では
・日本人や韓国人の胃にいるピロリ菌の胃がん発生率が、世界的にもかなり高いこと。世界のピロリ菌とは種類が違うこと。
・胃がん検診の面で、韓国に比べて日本は受診率が低く、胃がんで亡くなる方が年間5万人近くもいるということ。(※2013年に世界で初めてピロリ菌感染胃炎に対する検査、治療が健康保険で可能になりました。ですが、ピロリ菌感染胃炎の多くは自覚症状がないために、その検査・治療は十分には進んでいません)
・ピンクリボン活動のように、胃がんを予防するキャンペーンをもっと流行らせていくべき現状だ、ということ。
などをお伝えしてきました。それでは、対談の後編をお届けします。
(文章・聞き手= 塩谷舞/ 初回配信日:2016年4月25日)
歳を重ねると胃炎が進んでしまうので、中学校での検査を義務付けたい
間部:日本では胃がんの原因の99%がピロリ菌であるということをお伝えしてきましたが、ピロリ菌を除菌したからといって、胃がんにならない訳ではないので油断は禁物なんです。それは検査を受ける年齢にも関わってくるのですが……
堀江:どういうことでしょう?
間部:ピロリ菌は5歳頃までに感染して胃炎が進行していくので、胃炎が進行してからでは、除菌しても胃がんになることを完全には防げないんです。もちろん胃がんになる確率は低下するのですが…。だから、できるだけ早い時期に検査をして治療していただきたい。それと、人間の身体って、年齢が経てば経つほど病気に対して抗生物質を投与される経験が増えていくでしょう。
堀江:ですね。それとピロリ菌の除去に、関係があるんですか?
間部:歳を重ねて何度も抗生物質を飲んでいると、ピロリ菌が抗生物質への耐性を獲得して、ちょっとやそっとじゃ除去できなくなるんです。強くなってしまう。
堀江:なるほど。賢いですね。ゴキブリも殺虫剤では死ななくなってきたし。
間部:そう。だから大人になってから除去しようとしても、なかなか上手くいかないこともあります。現在ピロリ菌に感染している20代の若者は5〜10%くらいだと言われているのですが、彼・彼女らの感染源の多くは、母親からだったりするんです。
間部: それは遺伝ではなく便や吐瀉物による感染なのですが、母親と赤ちゃんは密に接するからどうしても感染する機会が多い。大人と違って幼児は、殺菌作用を持つ胃酸の分泌が十分ではなかったり、免疫力が弱いので、5歳くらいまでにピロリ菌に感染してしまう確率が高いんです。
堀江:じゃあ、小学校で検査を義務付けた方がいい?
間部:それが、小学生ってまだ身体が小さいでしょう。それで薬が飲めなかったり、検査ができなかったり。それに小学生の低学年で除菌しても、その後に再感染するリスクも少なからずはあるので、ちょっと早すぎるんです。
間部: だから、ピロリ菌を検査・除去するのに一番ベストなタイミングは中学生ですね。20歳くらいのときにピロリ菌を発見して除菌したのに、30歳くらいで胃がんになってしまって、手術することになった……というケースもあります。
間部: 「中学生や高校生で除菌するのは早い」という意見もありますが、5歳で感染する感染症ですからね。早すぎることはないんです。日本では40歳代以下の若い方々も、今なお年間1,000人以上が胃がんで亡くなってしまっている。それを救うためには、50歳から始まる胃がん検診では無理なので、中学生での検査・除菌を行うべきなんです。
堀江:やりましょうよ。
間部:やりたいんですよ。ただ、一番の問題がですね。中学生……つまり15歳未満だと、小児科の担当になってしまうんです。僕ら内科医は15歳以上が担当。その領域を跨いでしまうことや保険適応のことなどで進んでいない。そんな理由で救えるかも知れない若年胃がんや、ほぼ確実に予防できる将来の胃がんで命を落とす人がいる、と考えると……。
堀江:信じられないですね。さっさと仕組みを変えるべきだけど、せめて15歳以上の高校生から始めるのは?
間部:高校生も良いんですが、実際に行政とやってみると、高校は親元を離れたり、市町村を越えて通学したり、そもそも高校に入らなかったりという問題があって難しかったんです。実際の受診率も低くて。自分が高校生だった頃を想像すればわかることですが、高校生に「ピロリ菌の検査をしなさい!」と言っても、「はい、受けます!」とはなりませんよね。なかなか。
堀江:あー。
間部:16〜18歳は、親の言うことなんて一番聞かない年齢じゃないですか、反抗期ですし……。だからやっぱり、小児科の領域であるとしても、保護者の目が行き届く中学生の希望者に対してピロリ菌の検査をすべきなんです。
ヨーグルトではピロリ菌は殺せない。勘違いを生んでしまうCM
堀江:耐性が出来ると、薬でも除去しきれない場合があるんですね。しかし世の中には、ヨーグルトで予防!だなんてCMも流れるじゃないですか。あれ、本当にやめて欲しいんですけど。ヨーグルト飲めば除菌までOK、ってみんな信じてしまう。
間部:そうですね。ヨーグルトじゃピロリ菌を完全には殺せません。緑茶がピロリ菌に対する殺菌効果があるいうことは僕も研究をしていたのですが、ピロリ菌による胃の粘膜炎症を抑えることは実験でも証明できました。ですが、人間の胃の中で完全に除菌することはできないですしね。
堀江:ですよね。でも、みんな誤解しちゃってますよ。ずっとこの「ピ」のプロジェクトで胃がんの情報を伝えているでしょう。そうすると必ず、ツイッターなんかで「わたしはヨーグルト飲んでるから、大丈夫!」って発言が出てくる。みんな、CMの情報で過信しちゃってる……。そもそも、日本人は食べ物とか、オーガニックなものへの信仰心が強すぎると思うんですよね。
間部:そうですね。漢方や健康食品は身体に安全で、西洋の薬はよろしくない、と仰る方が多い。でも僕から言わせてもらうと、その考え方は逆ですよ。薬は副作用についてきちんと調査されていますから。むしろ今はサプリメントなんかの方が危険視されている。何が入っているかわかりませんからね。
堀江:ですよね。そもそも僕は、CMこそ諸悪の根源だと思っているんです。今のテレビCMって、全て病気になった後のCMじゃないですか。がん保険に入るのも「がんになった後の対策」だし、入れ歯安定剤も「歯周病で歯が全部なくなった後の対策」です。
堀江: 昔の人って、歳をとったら当たり前のように歯が全部抜けるもんだ……って思っていたみたいなんですが、違うんですよね。「歯周病になんなきゃ歯も抜けないんだから、歯周病にならないための対策をしなきゃいけないのに」と、僕の行きつけの歯医者さんがいつも言ってる。予防できるものなのに、「しょうがないよ、歳だからねぇ」と受け入れて苦しんでる人が沢山いる。
間部:ピロリ菌もそうですよ。これまで「歳を重ねると胃が弱くなる」と思われていましたが、そもそも、ピロリ菌がいないと胃は全然歳をとらないんです。
堀江:そうなんですよね。すごい綺麗なままだって聞きました。
間部:そう。90歳になっても、ハタチの子の胃と変わらないんです。まぁ先ほどもお話しましたが、確かにピロリ菌を除菌すると胃が元気になりすぎちゃって、逆流性食道炎にかかる人もいます。でも全員がそうなるわけではなく、症状が良くなる人も変わらない人もいて、全体として増加するとは言えないんです。
間部 克裕 KATSUHIRO MABE
日本ヘリコバクター学会幹事、認定医、日本消化器内視鏡学会学術評議員、専門医、指導医、日本消化器病学会専門医、日本消化管学会専門医、指導医、日本消化器がん検診学会認定医、日本内科学会認定医