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「精子や卵子の元になる 始原生殖細胞を作製」 【京大・斎藤通紀教授が語る 生命科学の最前線 その1】

堀江貴文氏は10月26日、京都大学の斎藤通紀氏を取材。「生命科学」の最前線などについて話を聞いた。(初回配信日:2015年10月26日)

最初は生殖細胞の研究からiPS細胞のような細胞が出来るではと考えていた

堀江貴文(以下、堀江) 斎藤先生は、iPS細胞から精子や卵子のもとになる“始原生殖細胞”を作製することに成功したわけですが、最初から“発生生物学”とか、そっち系を志向されていたんですか?

斎藤通紀(以下、斎藤) 僕は大学院の時に“細胞生物学”という分野で“細胞と細胞の接着”を研究していました。

堀江 細胞と細胞の接着?

斎藤 ええ。簡単に言うと、我々は単細胞生物ではなく多細胞生物ですよね。なので、細胞と細胞がくっついている。そして、細胞と細胞をくっつけている分子の中には細胞の間から水も漏らさないようにしている分子もあるんです。だから、我々は海で泳いでいても海の水が体の中に入ってこないし、水を飲んでも臓器にバーっと染み渡っていかない。生体のコンパートメント(区画)にきっちりとバリアがある。これはとても重要なことで、そうした機構がおかしくなると発生する病気っていっぱいあるんですよ。たとえば、耳で音が聞こえるのは音を感じる神経細胞のある場所が特殊なイオン環境で保たれているからです。しかし、細胞と細胞の接着がゆるくなると、そのかっちりとした環境を保てなくなって音が聞こえなくなる。ほかにも、腎臓で尿を作ることもそうですし、消化管もそうです。皮膚なんかもそうした機構がないと体中から水分が蒸発していってカラッカラになります。だから、あらゆるところで大事なんですよ。

堀江 そう考えると、よく保ててますよね。

斎藤 そうなんです。大学院時代は、そうした研究をしていたんです。でも、その分野には竹市雅俊先生や僕の大学院時代の先生である月田承一郎先生というとても偉大な細胞生物学の先生がいらしたので、これ以上僕がやってもしょうがないかなと思ったんです。そこで、「まだあまり“メジャーになっていない”けれど、“生命にとって本質的な分野”ってなんだろう」と考えた時に“生殖細胞”っていうものに興味を持ったんです。

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堀江 へー。

斎藤 我々は絶対に死ぬじゃないですか。今、生きている人たちは100年経てばほとんど誰も生き残っていないでしょう。でも、その時代も人類や生命は受け継がれていく。そういうのを担っているのが生殖細胞です。わかりやすく言うと“精子”と“卵子”です。この細胞だけが、融合すると違う個体になるんです。でも、この細胞がそうした機能を発揮するための化学的・生物学的な基盤って、まだ全然わかっていなかった。だから、それを知ることは生命科学にとってとても大事なんじゃないかという理由で、留学先の英国ケンブリッジ大学で生殖細胞の研究を始めたんです。そして、留学後に理化学研究所のチームリーダーとして研究を続けて、今も同じテーマで京都大学で研究をやっているという感じですね。

堀江 その間に“iPS細胞”ができた(2006年)。

斎藤 そうですね。もっと言うと、僕も「iPS細胞みたいなことが出来ないかな」と思ってたんです。どうしてかっていうと、我々哺乳類は、生殖細胞って発生の途中でできるんです。なので、体の細胞になろうとしている状態の途中で、一旦、それを全部消去して、もう1回すべての細胞を作れるようにする。いわゆるリプログラミングが起こる生体内の唯一の細胞なんじゃないかということが、曖昧ながらもわかっていて……。

堀江 なんとなく、リプログラミングされてるっぽいよね、みたいな(笑)。

斎藤 そうです。「されてるんじゃないか」っていうコンセプトがあった。ただ、一体、どんなことが起こっているのかはまったくわかっていなかったので、僕は「生殖細胞をひとつひとつ紐解いていけば、リプログラミングする仕組みがわかるに違いない」と思ったんです。そうすると、たとえばiPS細胞のようなことがいち早くできるんじゃないかと考えたんです。

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堀江 でも、山中伸弥先生が先にやってしまった。

斎藤 ちょうど僕が理研にいる時だったんですけど、ああいうダイレクトで非常にシンプルな方法でできるっていうことにショックを受けましたね。

堀江 「うそ!」みたいな感じだったんですか?

斎藤 「うそ!」というより、そんな単純なことでできないだろうと。

堀江 もっと複雑なプロセスが必要なんだろうと……。iPS細胞は体細胞に4つくらいの遺伝子を導入するんでしたっけ?

斎藤 そうです。その頃は“エピジェネティクス(ゲノム変異以外のメカニズムで、遺伝子発現を制御したり細胞に変化を生じさせる現象)”が実態としてわかっていたので、「体細胞に遺伝子をいくつか入れるだけで変わるほど、細胞は甘くない」と思っていたんです。

堀江 で、iPS細胞の作製方法の発明があってからは、iPS細胞を使って始原生殖細胞を作る方向に舵をきるみたいな感じだったんですか?

斎藤 すぐにというわけではなく生殖細胞の研究をコツコツと続けていたのですが、今はその方向性が重要になっています。

その2に続く

斎藤通紀(Mitinori Saitou)

京都大学大学院医学研究科教授。医学博士。1970年生まれ。兵庫県出身。1995年、京都大学医学部卒業。1999年、京都大学大学院医学研究科博士課程修了(医学博士)。英国ウェルカムトラスト発生生物学・がん研究所、理化学研究所発生・再生科学総合研究センターを経て、2009年より現職。2011年からは科学技術振興機構ERATO研究研究総括。