堀江貴文氏は7月27日、東京医科歯科大学の田中光一氏を取材。「ゲノム編集」の最前線などについて話を聞いた。(初回配信日:2015年7月27日)
人の脳を研究するには、人の脳を人工的に作る必要がある
堀江貴文(以下、堀江) 田中さんは、遺伝子の研究をされているんですよね。
田中光一(以下、田中) はい。専門は「精神神経疾患」です。精神神経疾患は人を使って実験ができないので、「統合失調症」「自閉症」「うつ病」など、いろいろな精神神経疾患のモデルマウスを作っています。
堀江 マウスも統合失調症になるんですか?
田中 ええ。統合失調症のマウスと言われてもピンとこないですよね。でも、それなりに行動異常が出ていて、例えば人の統合失調症による幻覚を治す薬を投与して、ある程度その症状や行動異常がおさまれば、統合失調症に似た症状だと判断しています。
堀江 統合失調症って、どういう状態になんですか?
田中 これは難しい質問ですね。我々の仮説では、脳のグルタミン酸濃度が高くなって、脳が非常に活性化された状態になっている状態がトリガーになっているんじゃないかと思っているんです。
堀江 脳内でグルタミン酸が多くなっている……。脳内のグルタミン酸濃度が高くなっていると神経のループみたいなものが、たくさんできるんですよね。
田中 ええ。ループの異常もありますし、活動の異常も出る。また「陰性状態」といって、社会的な行動ができなくなったり、意欲がなくなったり、認知障害も出てきます。そうした症状をすべてグルタミン酸の濃度で説明することはできませんが、一部はそれで説明がつくんです。
堀江 そうなんですか。
田中 マウス以外で、実際に人に対してやれることはかなり限られています。遺伝子を解析するとか、脳の画像解析をして正常な人の脳の活動とどう違うかなどを比べるくらいです。
堀江 でも、特定の遺伝子を持っていると、そうした病気になりやすいということはわかっているんですよね。
田中 ええ。だから、そうした病気をマウスで再現して、なんとか新しい治療法を見つけようとしているんです。
堀江 それは遺伝子を導入して?
田中 いや、遺伝子を入れるのは、治療法としてはかなりハードルが高いので、脳の活動を制御する低分子化合物を検索したり、脳の中に電極を埋め込んで、ある程度、活動を制御するというのが現実的です。それから、最近は「オプトジェネティクス(光遺伝学)」といって、光で脳の活動を制御することもできるんです。
堀江 オプトジェネティクスってよく聞きますけど、あれは遺伝子導入をしなければいけないんですよね。
田中 そうです。光で制御されるタンパク質を入れないとダメなんです。最近の利根川先生の研究によると、うつ病は、楽しい記憶を持った脳の細胞をオプトジェネティクスで刺激すると治るんですよ。
堀江 ああ、なるほど。
田中 我々は人間の脳の研究をしているので、最終的には人間の脳が人工的に作れると助かるんです。
堀江 でも、それは絶対に作らせてもらえないでしょ。
田中 そうですね。難しいでしょうね。でも、原理的にはできるんです。豚に人のすい臓を作らせたりしてますよね。豚はいろいろな遺伝子操作ができるので、脳を作る遺伝子をノックアウト(破壊)しておいて、そこに人間のES細胞やiPS細胞を入れておけば、おそらく脳だけ人間になります。
堀江 たぶん、なりますよね。
田中 ですから、技術的にはできるはずなんですけれども、倫理的なハードルが高い。
堀江 でも、もしできたとしたら、その豚はすごく賢いわけですよね。しゃべるかもしれない。
田中 『猿の惑星』という映画は、猿が言葉をしゃべっていましたけれども、もしかしたら、ああいう状態になるかもしれないですね。でも、そうでもしないとなかなか人間の脳の研究はできないんですよ。
堀江 一部でも作らせてもらえないんでしょうかね。
田中 そうですね。たとえば小脳だけとか……。小脳なら、すでにノックアウトすればいい遺伝子がわかっていますから。
堀江 でも、本当は大脳をやりたいですよね。ただ、大脳を作っちゃうと人格を持っちゃうでしょうね。
田中 わかりませんけど、おそらく……。
堀江 そうですよね。
田中 ただ、ES細胞から大脳の一部までは作れるんですけど、その後に血管ができないと器官として維持できないんですよ。
堀江 ああ、そのお話は以前、横浜市立大学の武部貴則先生から聞きました。
田中 そうですか。だから、動物の体を使って作るのが、一番可能性があるんですよ。
堀江 例えば、小脳の一部が欠損していて運動障害を持っている人がいたとしたら、その部分を補完的に作ってあげるとか、そういうことはありえると思うんですけど。
田中 脳の一部を作ることは可能ですが、既にある脳との接続が難しいです。
堀江 やっぱり、そうですか。
田中 糖尿病みたいに膵臓からインシュリンを出せばいいだけというのなら簡単ですが、脳を動かすためには神経回路が正しく再現されないとダメなので。やはり、そこが一番のネックになりますね。
田中光一(Kohichi Tanaka)
東京医科歯科大学難治疾患研究所・教授、医学博士。1958年生まれ。新潟県出身。新潟大学にて医学博士取得後、1998年東京医科歯科大学教授、1990年東京医科歯科大学大学院教授。